NPO法人「街なか映画館再生委員会」(新潟県上越市)
江戸時代初期に都市計画的に整備された城下町である新潟県上越市高田地区は、上越地方の商業、経済、文化、教育の中心地として栄えてきました。現在に至っても街の形は大きくは変わらず、本町通りを中心に商店が集積し、それを取り囲むように住宅が密集しており、町家、擬洋風建築や雁木通りといった新旧の歴史が混在した街並みが形成されています。
高田世界館は1911年(明治44年)に芝居小屋「高田座」として、高田地区の娯楽街で開業しました。5年後の1916年(大正5年)には「世界館」と改称して常設映画館となり、その後は名称や経営形態を変えつつ営業が続いていきました。
しかし、建物の老朽化や中越沖地震による打撃など様々な困難を受け、一度は廃業及び建物の取り壊しの危機に晒されました。そんな中、歴史的建造物を、また地域の広場を絶やすまいとした地域の方々との協力の中で、NPO法人「街なか映画館再生委員会」を設立し運営を引き継ぎ、現在も上映活動を継続させています。現役で稼働している映画館としては日本最古級と言われ、当時の趣を残す洋風意匠の建物は、国の登録有形文化財や近代化産業遺産にも認定されています。
近年、映画館として日常のコンテンツを提供できるほどにまで持ち直すことができました。これまでは建物の“保存”が目下の課題でありましたが、今はその先にある“活用”へとステージを上げて活動を続けています。常駐の職員の設置を経て、今後は街に賑わいを創出する文化施設・コミュニティスペースとして定着していくことが望まれます。
高田地区でも商業施設の撤退や公共施設の移転、郊外型大型店の立地の影響を受けて、中心市街地の空洞化が叫ばれ続けています。中心市街地に人々を呼び込み、街の賑わいを創出していくため、核となる施設の出現と魅力向上による活性化が喫緊の課題といえます。
建物をただ残すだけでなく、血の通った生きたものとして“活用”すること。それがあって初めて、街なかの映画館の「再生」が言えると考えています。地域と共に歩んでいける運営形態を目指して取り組んでいます。
まずは建物を直さないことには始まらないため、雨漏りの修繕、床と椅子の張り替え、ステージ拡張工事、瓦修繕といった基礎の改修に着手しました。椅子や瓦の修繕は市民参加型プロジェクトと題し、資金面もさることながら実際の作業にも携わっていただきました。
その後も、建物の外壁改修や軒裏修理、トイレ修繕、南側外壁前方の一新、改築壁面下の基礎の新造、レンガ撤去及び新設、壁芯部に鉄筋コンクリートの布基礎を打設するなど、現在でもまだまだ修繕すべき箇所に終わりはありませんが、着実に長期保存へ向けた歩を進めています。
またこの頃は貸館を主な事業としながら、キネマデリバリーサービスや名画ワンコイン上映などに取り組み、高田世界館の可能性に向けて暗中模索していた時期でもありました。
現在の支配人は大学院時代に高田世界館で自主制作映画の上映会を開催したことが縁となり、2014年(平成26年)から常駐スタッフに就任しました。その手腕が発揮され映画館としての体力がついたこともあり、パートタイム職員を雇用するまでに至りました。映画館の企画運営から、出納業務、受付、館内メンテナンス、観客誘導、PR活動など様々な業務に取り組んでいます。
築108年と日本最古級の映画館である高田世界館は、当時の意匠そのままの擬洋風建築、また今では少なくなってしまったフィルム映写の設備を有している点が魅力となっています。そこで、高田百万人観桜会を始めとした上越市の季節的イベントや長期休暇の時期に合わせて「館内ツアーガイド」や「フィルム映写講習会」を行っています。地元の人でも知らない様なディープな話をしながら実際に館内を巡って当時の息遣いを感じていただいたり、後継者不足に悩むフィルム映写技師の育成を目指したりしています。
また月一回のペースでテーマの映画を基に食事しながら語り合う「カレー会」や、館内の汚れを少しでも落とすという目的のもとで地域の方々と協力して行う「おそうじ会」なども開催しています。
2012年(平成24年)公開の映画「シグナル〜月曜日のルカ〜」では、劇中の「銀映館」のロケが高田世界館やその周辺地域で行われました。その後も劇中の季節に合わせた夏に毎年定例上映を開催しており、映画館に足を踏み入れた瞬間に作品の世界観に入ることができる楽しみを味わっていただくために、館内に様々な仕掛けを施したり、劇中に登場した地元洋菓子店のエクレアを提供したりしています。
@ 精肉店のドキュメンタリーでは地元精肉店と命を考えるBBQ
A ALSと闘うメタルミュージシャンのドキュメンタリーでは地元メタルバンドのMV撮影のお手伝い
B イタリアのグルメロードムービーでは近隣のレストランでの特別メニューの提供
C 発酵食品のドキュメンタリーでは上越発酵研究会と協力してツアーや講演会
D 貧困と向き合うドラマ映画では地元の子ども食堂とコラボしたフードドライブを実施
映画そのものや映画館をきっかけに、地域とのつながりを強くするコラボレーション企画を実施しました。現在も企画は模索中で、すべての作品でできるわけではありませんが、基本的には関連イベントを展開することを心がけています。
@「オチャノマシネマ」:新潟県内の里山の生活を取り上げたドキュメンタリーでは劇中の宴会シーンに習って飲食しながらの鑑賞を可とする上映システム
A「マサラ上映」:インド映画において踊って歌って歓声を上げても構わない自由な上映システム
B「託児所付上映」「子ども同伴可能上映」:お子様連れのご家族の方々にも楽しんでいただくシステム
リアル空間での観客同士の一体感を大切にした既成概念にはとらわれない楽しみ方、そしてお客様本位の楽しみ方を提供し続けています。
地方創生事業の一環として、上越市が2018年(平成30年)に高田世界館前の民間駐車場である土地約330m²を行政取得。当NPO法人が上越市から業務委託を受ける形で、「あおぞら市」「縁日」「秋風ビアフェスタ」と題した各種イベントを開催しました。高田の由緒ある「朝市」とのコラボ、高田世界館との連動企画なども視野に、市民や観光客が日常的に利用できる場所を目指しながら、交流広場をより使いやすく舗装整備する計画も同時並行的に進めています。
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