豊崎 みち子(旅先:アメリカ)
「マンハッタン行きのフェリー乗り場はどこですか?」
ニューヨークのエリス島移民博物館の見学を終え、マンハッタンへ戻ろうとしているところだった。目の前で手を振るアジア人の年配女性と目が合った。この土地に知り合いはいない。リフレッシュしたくて、3連休と2日間の有給を取り、3泊5日の日程で一人訪れていたニューヨーク。旅行が好きで、ニューヨークは3度目、年に3、4回はどこかを旅している。
その女性は片言の英語で話しかけてきたが、もしやと思い北京語で問いかけてみたら、案の定、北京語で返ってきた。そこで少し立ち話をすることにした。
「マンハッタンに戻ろうとフェリーに乗ったら、ニュージャージ行きの便だったのよ。
白人に尋ねてもちゃんと答えてくれないから、同じアジア人のあなたに聞いて良かったわ」
私もこれから同じ方角に向かおうとしていたので、独り者同士、せっかくのご縁だからとフェリーに共に乗り込み、隣り合わせに座った。自己紹介なども兼ねてお喋りを始めるとその女性は、20年前に一家で香港から移住してきた香港系中国人、年齢を訊くと60代後半。私の母とあまり変わらない年齢だった。最近商売も息子に譲り、ようやく自由な時間ができたので一度来てみたかったエリス島に来たことなど、色々と話してくれた。アメリカに移住してからはチャイナタウンに暮らし、英語は話せない。そんな時に、学生時代に北京語を学び、今でも仕事で北京語を使っている私がちょうど救世主の如く目の前に現れた。私自身も一人旅で誰かと話したかったので、これまた中国語が喋れる相手と巡り合えたのは何かのご縁だと思った。
対岸に到着した。フェリーから下船し、バッテリー・パークを共に歩きながら、その女性が訊いてきた。
「お昼ご飯まだだったら、チャイナタウンの私の行きつけのお店で良ければ、ご馳走するわよ」
時間にしてちょうど14時を少しまわったところだ。バスで移動してもほんの10分程度の距離にあるチャイナタウンに暮らす華人の生活を是非見てみたかった。そこで有難くお供させてもらうことにした。道すがら、彼女は知り合ったばかりの私にこんな身の上話をしてくれた。
「苦労してニューヨークに移住してはきたけど、10年前に主人とは離婚したの。あなたはなぜ独りでいるの?結婚はしなくても良いけど、パートナーぐらいは作りなさい。優しい人じゃないとだめよ。そして独りでいてはだめ」
彼女はとても敬虔な仏教徒だ。帰国後もWechatでたまに近況報告をしているが、いつも仏教関連のスタンプをたくさん押して返してくれる。ニューヨークの仏教寺院によく出入りし、話と言えば仏教の話がほとんどだ。そして、道を教えただけの私に親身になって年長者として人生のアドバイスを下さる。移住してから今までの苦労話までは聞く時間がなかったが、私の年齢と変わらない年でご主人の野望に付き添い、ニューヨークに移住。聞けば新しく知り合ったお友達とコミュニケーションを取りたいからと、携帯電話の使い方も覚えたそうで、なんともチャレンジャー精神旺盛な方だと思った。
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