NPO法人 佐渡芸能伝承機構(新潟県佐渡市)
祭りと芸能の伝承という目的のため、短期間で成果を測ることやそれを明確な数字で示すことは困難な部分もあります。しかしこれまで集落の人々から寄せられた声や参加した学生の様子からは、以下のような効果が生まれていると考えています。
集落の祭りや芸能へ参加するプログラムによって、これまでの10年間で延べ1000人以上の学生が佐渡島を訪れています。特筆すべきは、プログラムに参加した学生がリピーターとなったり、相模女子大学の取り組みのように8月のイベントに参加した学生がその後4月に行われている集落の祭礼に多数訪れたりしているということです。大学卒業後もたびたび佐渡を訪れたり、参加した学生がその後地域おこし協力隊として佐渡に移住したり、集落の若者と大学生が卒業後に結婚した事例もあります。卒業生の来島数については、NPO側で正確な数字を把握することは難しいのですが、この取り組みからは「一度限りの観光客」ではなく、その後も佐渡とかかわり続ける「関係人口」となる可能性を持った交流が確実に生み出されています。
大学生が参加することによって、何よりも祭りが賑やかになります。芸能の主たる担い手である青年会や保存会の人々はもちろん、ご馳走を作って門付けを待つ集落の家々も、学生たちがやってくるのを毎年毎年楽しみにしています。ある集落では、女子大生との交流に参加するためには、集落の祭礼でしっかりと役目を果たすことを義務付けたところ、減少傾向にあった祭りへの参加者が増加したということです。また、女子学生が特例として芸能に参加したことによって、それまで女人禁制としていた芸能が集落に暮らす女性や子供にも門戸を開くことになったケースもあります。このようにして学生との交流の取り組みは、芸能の担い手不足の解消に一役買っています。
これまで民俗芸能は、地域共同体のなかで見様見真似で伝承されてきました。しかし島外からやってきた大学生に短期間で芸能を教えるためには、一つ一つの動作を振り返りながら言葉も交えて説明しなければなりません。その過程では、無意識的に伝承されていた芸能の本来の姿について集落の人々同士の間でも議論になったりします。芸能体験プログラムは、学生が芸能を学ぶだけでなく、伝承者の側も自らの芸能を見つめ直す貴重な機会になっています。継続的に取り組みを行う中で、伝承者の側も芸能を教えるスキルが向上し、またその意味を深く考え直す機会となりました。
毎年学生が訪れて祭りが活性化することで、祭りや芸能に対する意識の変化が生まれています。それまで祭りは、「昔は賑わっていたのに近年は衰退してそのうち消滅するかもしれない」存在としてどちらかというと過去志向でネガティブなトーンで語られていたかもしれません。しかし交流の結果多くの人々が「また来年も学生が来るので楽しみ」というように、祭りや芸能を未来志向でポジティブにとらえるような意識が高まりつつあります。これは祭りや芸能が地域の要であり宝である佐渡において、何よりも重要なことだと思います。
このように、現在において地域と大学が祭りや芸能を通じて交流することによって賑わいや楽しみを創り出す取り組みは、過去から受け継がれてきた地域の伝統文化を未来へ継承するために重要な効果をもたらしています。
本NPOの設立は2008年です。それ以前にも芸能の継承に関する活動を個人的に行ってきましたが、組織的に大学生との交流プログラムが開始したのは、2008年に新潟大学教育学部と黒根地区の交流プログラムが最初となります。その後2009年からは相模女子大学が高千地区、新潟大学教育学部が豊岡集落に入り、これらの3地区は10年以上交流活動を継続してきました。それ以降も受け入れ大学・集落は徐々に拡大しており、上越教育大学や獨協大学も5年以上継続しています。今後も可能な範囲で受け入れ大学や集落を広げつつ、現在行っている取り組みを継続していく予定です。
芸能の継承に問題を抱えている集落と大学を結びつけ、実際のプログラムのコーディネートを行うのが本NPOの役割です。芸能の継承や祭りの運営は、青年会や保存会、あるいは高千地区のように複数の集落をつなぐ実行委員会など地域によって様々な運営形態をとっているためその状況に合わせて行っています。ただし主役はあくまで地域の方々と学生であり、我々は教員と協力しながらあくまで交流が円滑に進むためのお手伝いに徹しています。
活動の財源については、2008年度と2009年度は国土交通省「新しい公」によるコミュニティ創生事業、2008年度〜2010年度には佐渡市地域づくりチャレンジ事業の助成を受けました。これらの助成により、島内集落や島外の大学に対して交流事業への参加を幅広く呼び掛けることが可能となりました。また佐渡市からは、年によって大学生との交流事業に関連する事業委託を受けています。ただし、現在長期的に継続している取り組みに関してはNPOの独自財源で継続可能となっています。
「佐渡の祭りが賑わいを取り戻し芸能の伝承に不安がない状態」。逆説的ですが本NPOが不要になることが今後の最大の目標です。もっとも少子高齢化と人口流出が続く佐渡においてこのような状況を望むことは困難です。活動を継続している地区でも人口減少は否応なく進行しています。しかしたとえ芸能の伝承に困難があったとしても、人々が来年を楽しみに待ちながら暮らす「未来志向」を今まで以上に佐渡全島へと拡げていくことが今後の目標です。またそのためには大学のみならず島外、さらには海外の様々な人々と佐渡の祭りや芸能がつながっていくこと、そして佐渡の人々が自らが伝承する芸能の意味や価値をより深く認識し、誇りを持って語ることができるようになるためのお手伝いをしたいと思います。
冒頭でも述べたように佐渡は全島で120以上の集落で芸能が伝承されている「芸能の島」です。これまでの成果がより周知されることで、このような取り組みに関心を寄せる集落が増加し、結果として佐渡全島に祭りの賑わいがより一層広がっていくよう活動を継続させていきたいと考えています。
「佐渡にとって、祭りと芸能は、そこで暮らす人々のアイデンティティであり、人々をつなげる地域の「要」である」の思いのもと、2008年にNPO法人を設立。新潟県内はもとより、県外の大学等との交流プログラムを通した芸能の継承に取り組む。こうした取り組みを佐渡島全域に発展させ、120以上の集落で伝承されている「芸能」を未来につなげていくことを目標としている。
・祭りに関心を持つ若者たちを、他の地域から積極的に招き、交流活動を行う試みは、民俗芸能を継承する担い手育成のためにも、観光を持続させるためにも重要である。
・高齢化した祭りの担い手が、大学生が毎年やって来ることを楽しみに、未来志向で祭りをとらえるようになり、住民の誇りが醸成されていった点を評価する。
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※本文は作品原稿をそのまま掲載しています。
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