一般社団法人ReRoots (宮城県仙台市)
ReRootsが活動していると「学生が頑張っているのに何もしないなんて」「協力できることがあればやりたい」「若い人と話しているだけで元気が出る」「ReRootsがいてくれるから祭りもできる」「農業の担い手にならないか」というように期待する声と、一緒に復興を目指す仲間としての存在として認められてきています。
以前は「この地域は変わってしまった」「もうどうしようもない」と語っていた住民の心境が少しずつ変わってきていることを実感しています。
数ある企画の中でも、わらアートの効果は大きく、人の来なくなってしまった若林区に地元住民も含め数万人の人が来場します。
そもそも農業園芸センターは高齢者の来場が多かったのですが、わらアートのおかげで若い親子連れが来るようになり年齢層がぐっと若返りました。
それに伴って売店の商品も花や種だけでなく、子供向けの恐竜グッズまで販売するように。
毎年やってほしいという声のほか、わらアートの前で収穫した新米を食べて収穫の祭りにしたいとか、現代的な農村文化の発信として活用したいとか、製作ボランティアなどの市民参加型のソーシャルアートとして活用しようなどアイデアがたくさん生まれています。
営農再開した野菜の味は格別。しかも、被災して真っ先に営農再開を目指したプロの農家の野菜は、努力した分本当においしい。
そのためか、野菜嫌いの子どもたちもおいもプロジェクトでだす料理や、くるまぁとで販売する野菜だけは食べるという話も聞きます。
これそのものが農家の自信へつながり、地産地消の布石となっています。
なにより、学生メンバーが本当の野菜の味に魅了され、スーパーでの野菜は買えなくなっているほどです。
地域住民にとっては「自分たちは当たり前だけど地域資源がこんなにもあるんだね」と実感するきっかけにもなっています。
わら、野菜、料理、田園風景、これらの地域資源を生かす住民の存在、さらに被災したことによる震災遺構と被災から立ち上がった住民の強さ。
これらはすべて農家や住民の自信と地域の魅力再発見へとつながっている。
何より農家は粘り強い。その姿が学生を魅了している。
ReRootsで農家の感性を学んだり、野菜づくりをしたり、農家から農業の喜びと苦労を学ぶことで、若林区や日本の農業をどうにかしたいと決意する学生が出てきており、これまでに新規就農者を3名輩出しました。
2018年度から就農するメンバーも2名おり、合計5名になろうとしています。
ReRootsそのものが学生に農業の魅力を伝え、農業後継者を育成する場として機能しているのです。
2011年4月 | 震災復興・地域支援サークルReRoots発足 |
2011年7月 | ReRoots若林ボランティアハウスオープン 全国から復旧支援ボランティア受け入れ |
2012年10月 | 一般社団法人登記 |
2014年3月 | 復旧支援活動終了 |
2014年4月 | 復興支援活動スタート 現在に至る |
復興段階の課題に対応して農業チーム・コミュニティチーム・販売チーム・ツーリズムチームの4チームを構成して各プロジェクトを担います。それを仙台市内の東北大学、宮城教育大学、宮城大学、東北学院大学、東北福祉大学、宮城学院女子大学、仙台白百合女子大学の7大学、約80名の学生が運営。
年間約700〜800万。主要な財源は助成金で約8割、ほかに野菜販売などで得た自主財源や寄付金が約2割。
農業を基礎に、コミュニティが成り立ち、その資源を生かして食や祭りや行事の文化がおこり、その魅力をもって人の往来ができる、ひなびた農村として持続できれば良いと考えています。
そのためにも、農業後継者の育成や、若者を招き入れながらのコミュニティ再生は重要な課題となっている。
ここをReRootsと農家、住民、町内会、区役所、市民センター、農業園芸センターなどの協力でもって作り出していきたいです。
幸いReRootsが存在することで若者を招き入れやすくなっていること、震災からの地元人脈により、地域の祭りや習慣に溶け込み、かつわらアートなどの新しい行事も定着。なによりReRootsから新規就農者も生まれ、移住したいというメンバーもいます。
今後、津波被災のモニュメントや沿岸部の利活用も行政計画で進み、あと数年たてば、この海で再び海水浴ができるようにもなっていきます。
若林区の沿岸部は白砂青松のきれいな海があるからこそであり、津波があったということに明らかなようにしていかねばならず、苦難を乗り越えて生きてきた農民の生活の歴史でもあります。
海、農村、農作物、祭りなどのコミュニティ文化、貴重な野鳥などの生物、震災遺構やモニュメント、歴史、わらアートなどを生かせば、仙台市中心部から車で20分、地下鉄東西線荒井駅から車で10分・自転車で30分のところに、魅力あるひなびた農村を作りだすことができると考えています。
仙台は、地理的には新幹線や飛行機でも訪れやすく、農業としては100万人の人口をもつ市場があります。
地下鉄は整備されましたが、都市のちょっと先に田園風景がひろがり、海があります。
100万都市の政令指定都市において沿岸部にこれだけの広大な農村部をもつのは日本地図を広げても仙台市若林区しかないと考えます。
だが、それだけの資源のある地域であっても、もしReRootsが存在しなかったらと考えると、農家は被災からの生活再建でめいっぱいで、後継者育成はままならないでしょう。
住民も人口の激減した集落と廃校になった小学校の過疎地域で、祭りも再開できず町内会活動も維持できず限界集落の危機を待つばかりだったかもしれません。
したがって、ReRootsと農家、住民との努力と協力があってこそ、若林区の震災復興は前進してきたと考えます。復旧支援の3万人ものボランティア、復興段階での各プロジェクトへの参加者、それらを住民とともに作りだしてきた実績は大きな自信であり、だからこそ、これからの若林区の地域おこしはできると確信しています。
ReRootsとしても今後5〜10年の将来の展望を構想しておかなければなりません。その展望は、
①ReRoots自身が農業法人部門を立ち上げ、地元の農業の担い手として存続すること。自らプロの農家として、生産と販売を行えるようにする。
②地域に人を呼び込むグリーンツーリズムや持続する農村コミュニティづくりとしてのNPO部門の立ち上げ。ツーリズムチームとコミュニティチームの取り組みを発展させて、地元住民と一緒に外部から人を呼び込むツーリズム、地元の祭りや運動会、行事を通じたコミュニティの持続性を作り出す。
これら2つについて、ReRoots自体が地元のプレイヤーとなっていけば、継続した若者の往来、農業とコミュニティの担い手としての登場、土着することで住民と共同での地域おこしを担うことができます。
以上から、ひなびた自活する農村としての若林区の将来と、ReRootsの展望を融合させることで、若林区の魅力を発信し、震災があっても再生できるほどの力強さを持った農家と住民の力を具体的な地域おこしの様々な企画に実現する構想です。
東日本大震災発生からわずか1ヶ月で、震災復興・地域支援サークルを発足。「復旧から復興へ、そして地域おこしへ」をコンセプトに掲げ、農家の立場と目線から農地回復のボランティアを実施。3年間で3万人のボランティアを受入れ、約500件の支援活動を終了した。地元の大学生で運営され、イベント、体験、交流事業を中心に復興活動を継続中である。
●東日本大震災発生からわずか1ヶ月で、震災復興・地域支援サークルを発足しているスピードの速さは敬意に値する。
●「復旧から復興へ、そして地域おこしへ」をコンセプトに掲げ、農家の立場と目線から農地回復を持続的・長期的に支援している点が評価できる。
●3年間で3万人のボランティアを受入れ、約500件の支援活動を終了しており、地元の大学生で運営され、イベント、体験、交流事業を中心に活動を広げ現在も復興活動を継続中であることが素晴らしい。
※文中に登場する会社名・団体名・作品名等は、各団体の商標または登録商標です。
※賞の名称・社名・肩書き等は取材当時のものです。