JTB交流創造賞

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交流創造賞 一般体験部門

第10回 JTB交流創造賞 受賞作品

最優秀賞

旅・賛歌!
―なにがあっても旅は楽しい―

中島 素子

ふと空を見ると、満天の星。日本の山奥のキャンプ場で見たような星空だ。

星明りのおかげで、遠くに黒く、山の稜線があるのがわかる。ここカリフォルニア州周辺は砂漠地帯のはずなので、おそらく広漠とした大地を疾走しているのだろう。

明け方四時近くに、ようやくネバダ州に入った。自分たちの運転する車で州を越えることがうれしくて「イェーイ」とハイタッチ。やがて空が白みはじめ、周囲が明るくなってきた午前五時頃、象牙色をした砂漠の光景の中に、突如ネオン街の明りが出現した。

「あれがラスベガスの灯だ!」翼よ、あれがパリの灯だ、の如く叫ぶと、子供たちも起き出し、みんなで歓声を上げながら拍手をした。給油も含めて四時間半で無事到着した。

さて、それからがまた大変だった。ラスベガスの空港で、先に着いているはずの荷物を受け取らなくてはならないのだ。教えられたバゲージカウンターに行くと、たくさんの荷物にかこまれた初老の白人女性職員が、一人で仕分けをしていた。人間が入りそうな巨大なトランクをプロレスの投げ技のように投げ飛ばしながら積んでいる。何だか怖そうな人に見えた。恐る恐る声をかけると「順番に呼ぶから待って!」と怒鳴られた。

ほどなくして私たちの荷物を調べてもらったところ、なんとまだロサンゼルスにあるという。なんてことだ!思わず私たちは頭を抱え込む。今日、荷物がラスベガスに届いたとしても、私たちはツアーでここから四四〇キロ離れたレイクパウエルに行ってしまう。次の日には移動してグランドキャニオンに。またその次の日はセドナに。もしかして三日後に再びラスベガスに戻るまで、ずっと荷物無しなのか?想像するだけでめまいがした。

事情を話すとその怖いおばさんは、なるほどとうなずいて、あちこちに連絡し始めた。待ちながら不安になる。荷物も心配だけど、ツアーの集合時間もだんだん気になってくる。

三十分ほどして、おばさんは意外にも笑顔で飛び跳ねながら、私たちに伝えてきた。

「荷物はレイクパウエルのホテルに今日中に届くそうよ!よかった!やったわね!」

怖いおばさんは、なんと、まるで自分の家族のことのように一緒になって喜んでくれる、すごく親切なおばさんだった。「荷物、遅れてごめんなさいね。アメリカを楽しんで!」

午前六時四十五分。私たちは晴れ晴れとした気分で、ツアーの集合場所へとタクシーを飛ばした。そして、何食わぬ顔でツアーに間に合うことができたのだ!

ツアーに参加すると、荷物の件を聞いた日本人ガイドのWさんが言いにくそうに言った。

「届けてくれるって言っても、たった一日でちゃんと届けてくれることはまずないですよ」

今までいろいろなケースを見てきたであろうWさんの言葉に、私たちは落胆した。空港のおばさんは届くと言ったけど、おばさん一人ではどうにもならないことだってある。

なにはともあれ荷物がなくては着たきりすずめなので、Wさんの助言を聞き入れ、途中で寄ることになった大型スーパーで、仕方なく身の回りの品々を買い揃えた。

夕方、何も期待せずに、一応、ホテルのフロントに荷物が届いていないか聞きに行った。話しながら、ふと脇に目をやる。すると、フロントの奥に見慣れた荷物が四つ――

「あーっ!」驚きのあまり思わず指差して叫んでしまった。荷物との劇的な再会だった。

翌朝、荷物が本当に届いたことを知ったWさんは、ひどく驚きつつも喜んでくれた。 

「絶対ムリだと思ってましたよ。アメリカ人の同僚に言ったら『あり得ない』って。だって、ロサンゼルスからレイクパウエルって、東京から九州くらいまであるんですよ」

確かに、それだけの距離がありながら、その日のうちに届いたのはすごい。

私たちの間では、空港のおばさんのことが再び話題になった。

「あの空港のおばさんが、本当に一生懸命がんばってくれたからかもしれないね」

おばさん、怖いなんて言ってごめんなさい。そして、ありがとう。

かくして、ようやく私たちは、まともな旅のスタートを切ることができた。

バスから外を眺めていると象牙色の乾いた大地がずっと続いているのがわかる。私たちが夜通し走り続けた景色も、きっとこんな風だったのだろう。途中、主人はロードマップを買った。地図を見ながら私たちは、道の名前を尋ねつつ、夢中になって指でたどった。

帰国するとき私たちは、数々の事件を笑って話すことができた。思い出の詰まったアメリカとの別れを惜しむ。この国でいろいろなことが起き、いろいろな人たちと出逢った。

荒涼とした象牙色の砂漠を、山々を、もうこの目で見られないと思っただけで、私は涙がにじんだ。この大地に、肉親のような情がわきはじめていた。もし最初の夜、予定通り飛行機に乗っていたら、ここまで愛着を感じていただろうか?それはわからない。

私は旅が大好きだ。いい思い出も、そうでない思い出も、すべてがいとおしく感じられる。たとえがっかりすることがあっても、それが新しい体験をもたらしてくれることだってある。周囲の思いがけない温かさに触れることだってある。そして、旅先を去るときは、いつだって切ない。

今回の出来事で、私たちはどれくらいの人たちの厚意を受けてきたことだろう。良い結果に結びつかなくても、そこに至るまで奔走してくれた人たちがいた。ありがたかった。

日本に帰ってから子供たちに旅行で心に残ったことは何かと聞くと、二人とも真っ先に「飛行機に乗り遅れたこと!」と答えた。よほど強烈だったのだろう。

実は私も思い起こすと、夜を徹してルート十五を走り通したことが〈最高に〉楽しかった。この旅行は、トラブルも楽しさの一部なのだということを改めて教えてくれた。ただ、もう一度飛行機に乗り遅れてみたいかと聞かれれば、正直言ってそうでもない……。

概要と評価のポイント
【概要】

親子三世代でのアメリカ旅行。ロスの空港で飛行機の乗り継ぎができなかった一家は、夫の思いつきで、ロスからラスベガスまでをレンタカーで移動した。奇跡的に彼らの荷物も追いつき、様々な人の厚意を感じた。

【評価のポイント】

旅先でのトラブルが楽しい経験として語られ、一気に読める。きっと次もこの家族は楽しい旅を経験するのだろうと想像させる。

※会社名は各社の商標又は登録商標です。

※賞の名称・社名・肩書き等は取材当時のものです。

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