1 はじめに
安心院と書いて「あじむ」と読ませる。全国で唯一、旧自治体名に心の付く町「安心院」は、人口約8,500人。大分県の中央部から北西部にかけて位置し、安心院盆地を中心に三つの河川の流域に広がった総面積147.17km2の中山間農業地域で、米・ブドウ・畜産・花・イチゴなどを中心とする農業が基幹産業の町。特にブドウは西日本有数の生産地であり、爽やかなのど越しの「安心院ワイン」の産地としても知られている。
昨年3月31日には、宇佐市、院内町、安心院町が合併し、人口約63,000人の新「宇佐市」が誕生した。
安心院では農業、農村という「農」と安心院の「心」を大切にした観光と交流を推進することにより交流人口の拡大をめざし、住む人も、訪れる人もやすらぎ、そして輝く文字どおり「安心の里づくり」を進めてきた。こうした中、厳しい農業情勢への対応策として、「農業・農村を守る」ことを基本に始めた施策として安心院型のグリーンツーリズム(以下、GT)が存在する。
現在は、合併メリットを活かし、宇佐市安心院地域(以下、安心院)を核として宇佐市全体の資源を活かした広域的なツーリズムの展開に努めているところである。
2 安心院方式と呼ばれるグリーンツーリズム
平成4年、農家中心の8名で「アグリツーリズム研究会」を組織し、観光農園や産直などの研究を重ねていった。次第に、農業や農家だけの問題ではなく、農村全体の問題として捉え、平成8年3月「安心院町グリーンツーリズム研究会(以下、GT研究会)」と名称変更し、30名程で新たなスタートを切った。
行政においても平成8年度、農水省の指定を受け「モデル整備構想策定事業」に着手し、安心院町におけるGT推進構想の大枠を策定。同時に議会においても「グリーンツーリズム特別委員会」を設置し、今後の展開方法などを探っていった。このように民間からスタートした活動に、行政と議会が一定の理解を示し、支援していくという考え方から、平成9年3月、全国に先駆けて「グリーンツーリズム取り組み宣言」を議決。町の重要な施策として位置づけ、地域が一体となって長期的に取り組むことを宣言した。同年10月には行政を事務局とした「安心院町グリーンツーリズム推進協議会」も設立。町民意識の高揚と普及、研究会への支援、各種関連施策の調整活動等を行うことを決定した。
さらには、平成13年4月、行政の機構に日本初のグリーンツーリズム推進係(以下、GT推進係)を設置し、強力に民間組織をサポートする体制を確立させたことが、町内外から大きな反響を呼ぶことになった。官民協働による推進体制と会員制農村民泊の取り組み、また、資源活用・景観保全型のイベントの数々や、毎年積立金で実施しているヨーロッパ視察研修、GTやまちづくり講演会・シンポジウムの開催、日本一きれいなまちづくり運動等の取り組みは「安心院方式」、そして、住民主体型のまちづくりとして全国から高い評価を得ており、「GTにおける西の横綱」と言われるまでになっている。
3 安心院の追求するグリーンツーリズムとは
今、都市農村交流の必要性から日本中の農山漁村で地域活性化策としてGTが盛んに取り組まれている。観光の浮揚策としてではなく農業・農村を守ることを基本に始めた安心院町では、4つの理念によってGTを推進している。
(1)グリーンツーリズムはまちづくりの手段だ
農業、観光を含めた産業、環境、福祉、文化、教育等との連携が可能である。
交流人口が増加すれば、地域の産業に好影響を及ぼす。自分たちの暮らしている地域をきれいにしよう、農村景観を守ろうという意識になり行動に繋がる。直売や農泊を行うことで日々の生活が精神的、経済的収入を呼び生き甲斐が生まれる。当然、農村ならではの伝統文化や食文化を守らなければならない。学校教育の中で総合学習や体験学習の必要性から農村の出番が増加している。このように考えていくとGTはいろんな施策との連携によって、より効果的に推進できることがわかってくる。しかも、農村にこそあるもの。すなわち、自然、農地、民家、農村の暮らし、そこに住む人々の力などを活用すればいいのである。町を総合的に見つめ、農村全体の活性化をめざすための手段であり、「GTはまちづくり」という観点から事業展開を図っている。
(2)都市と農村との対等な交流をめざす
対等という言葉は使いたくはないが、過去に行われてきた都市農村交流が都市側に気遣いしすぎていたため、「交流疲れ」なんて言葉まで生まれたことを考えれば、対等なつき合いをしなければ継続できないということに気づく。対等な交流とは都市と農村互いの暮らしの中で無くしているもの、無くなりつつあるものを、農村を舞台に交流することによって補い合い、そして学び合う関係づくりだと考える。たとえば、美しい環境、安全・安心な食、人間としての優しさを含めたコミュニティー。これは大都市であればあるほど欠けている。農業の衰退による農村経済、人口の流出、農地の荒廃化、農業や農村に対する誇り。これは過疎地といわれる大多数の農村にとって欠けてきているものである。
「何を見るか」から「どう過ごすか」に移行しつつある観光において、都市住民が環境や食にこだわりを持ち、また、農村に暮らす人々の温かさ、優しさに触れるために田舎に旅をする。当たり前の農村の暮らしに都市住民が感動する光景を目にすることによって初めて田舎もまんざらではないと気づかされる。しかも、ありがたいことにお金までいただける。ここには、都市と農村、どちらが上も下もない。双方にメリットをもたらす関係が対等なつきあいを築き上げていくのである。
(3)農村女性の出番をつくろう
過去における封建的な農村生活においては、出しゃばらないことが女性の美徳の如く思われてきた。しかし、農村に暮らしてきた女性は、農村に暮らす男性や都市の女性にはない技や知恵を身につけている。この力を効果的に発揮できる手段として、GTは格好の施策といえる。都市農村交流の主役はもてなしにしても、食にしても農村女性なのである。
(4)農村に生まれた子どもたちに誇りを持たせたい
GTの普及により町が豊かに息づけば、次代を担う子どもたちにも明るい夢と誇りを与えることも可能である。GTは「農村の誇りづくり」ともいえる。今までの農村は、「田舎には何もない。農業はきつい割に儲からない」といったマイナス思考を大人たちが繰り返すことによって、知らず知らずのうちに子どもたちを農村から外に出す教育をやってきたのではなかろうか。都市住民を農村に受け入れることによって初めて、農村の住民も「農村には都会にないものがいっぱいある。農業こそ命を支える大事な職業なんだ」と気づかされる。交流によって、見えなかったものがやっと見えるようになる。我々大人が農業・農村に誇りをもち、子どもたちに伝えていく教育が今こそ大切である。都会で暮らそうとも、「私には安心院というすばらしい故郷がある」と胸を張っていえるような子どもたちを育てていくこともGTの大きな使命なのである。
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