田中 茉莉(場所:長野県)
「田中さんは終礼が済み次第教員室にきてください。」二月某日、国語の先生から呼ばれた。何か注意されるようなことでもしたかな、と重い足取りで教員室に向かった。先生はわたしの不安を察してか、開口一番「いい話です。」第二十回虚子・こもろ全国俳句大会中学生の部で特選入選した、という知らせだった。
冬休みの宿題に俳句があり、年末夜回りの柝の音から作った俳句を一月に提出していたのだ。まさに天にも登る気持ちで喜びに浸っているわたしに先生は「表彰式には出席しますか?」と聞かれた。自宅から小諸の距離だと小旅行になる。回答は家族に相談してから、ということで保留にさせていただいた。
帰宅後家族に報告すると、とても喜んでくれ、表彰式に参加できることになった。四月二十九日の早朝、まだ暗いうちに車で自宅を出発。関越自動車道経由で小諸市内へ入った。六時半ごろ小諸市役所の地下駐車場へ到着した。表彰式後には、今日の締め切り時間までに投句された当日句から、入選者を発表するというイベントもある。中学生でも参加できるとのこと、良い機会なので挑戦することにした。当日句の題は、一つは季語「桃の花(桃畑・桃の村・花桃)」を入れた句、もう一つは小諸に関した句だ。
作句を念頭に置いて、小諸の町探検開始。冷たく澄んだ空気の中を、市役所から小諸駅の方へ歩いて行った。緩い下り坂で、「小諸は坂の町」という言葉を思い出した。駅を越え小諸城址「懐古園」へ。残念ながらソメイヨシノは散っていたが、小諸の固有種である小諸八重紅枝垂はまだ見頃で、目を楽しませてくれた。三の門、苔むした石垣などに歴史を感じながら園内を散策。懐古神社にお参りし、富士見展望台へ。雲に隠れて富士山は見えなかったが、木の芽が萌え出て霞んだように見える向こうに、千曲川が滔々と流れていた。季語「風光る」で一句作った。
「桃の花」の方は上信越自動車道走行中トンネルを抜けた瞬間、目に飛び込んできた桃の花と、その向こうの雪をいただいた飛騨山脈の雄大な景色が強く印象に残っていたので、その情景を詠んだ。
続いて高濱虚子記念館へ行った。袴姿の関係者の男性から虚子庵の中へ招かれ、思いがけず干菓子とお抹茶をご馳走になった。頂きながら、虚子一家が疎開中生活した建物を移築したことや、小諸が空襲を免れたこと、お隣の上田市の方は大変だったことなどのお話を伺った。日頃は忘れてしまいがちな先の戦争のこと、現在の世界情勢などに思いを馳せた。
半日ほど散策したが、作句しながら見た小諸の風景は、何も考えずに歩いた場合よりも、様々なことを深く感じとれたと思う。小諸の坂道を上り下りし、町の高低差を実感した。北国街道沿いにある商家や土蔵の白璧を見て、歴史ある建築物を大切にしていることに感銘を受けた。高濱虚子記念館に咲いた桃の花にほのかな香りを探し、虚子庵でお抹茶の香りと苦味を堪能した。普段より感覚が鋭くなっていたので、小諸はとても記憶に残る町になるだろう。
加えて、この旅は行く先々で、商店のガラス戸などに入選者の俳句が二から三句、通りから見えるように掲示してあった。一部しか回れず自分の俳句を見つけることはできなかったが、小諸の皆さんに歓迎されているようで有難かった。また授賞式では選者の先生の一人が「疎開した高濱虚子と小諸の緑で今年も虚子・こもろ全国俳句大会を催すことができ、皆さんとお会いすることができて、とても嬉しく思います。」というような趣旨のお話をされた。わたしも小諸と緑ができ、更に虚子と緑ができて嬉しく思う。そしてわたしと俳句の繋がりもより強くなったと感じられる。
ところでわたしの投句した前述の二句は、選句されることなく終わった。残念だが、選句され読み上げられた句は皆奥深く、わたしも精進しようと思いを新たにした。また自分の拙い句との比較もでき、当日句に参加して本当によかった。このようなイベントを開催していただいた関係者の方々には、感謝の気持ちでいっぱいだ。
さて、「俳句と小諸とわたし」という題で始まった旅の作文なので、最後はわたしの未発表の俳句でしめたい。名残を惜しみつつ小諸の町を去る車の中で、虚子庵で過ごしたひと時を思い出し作句した。
虚子偲ぶ抹茶の泡に春の風
「虚子・こもろ全国俳句大会」の入選をきっかけに小諸を訪れた筆者。当日句の作句のために小諸各地を巡る。小諸城址「懐古園」、懐古神社、富士見展望台、高濱虚子記念館、北国街道沿いの商家や土蔵など、それらの風景やそこでの交流を通じて、小諸との縁を深めていく。
・旅をして、現地を訪れたからこそわかる細やかな雰囲気までが丁寧に書き上げられており素晴らしい。
・タイトルの通り、「俳句」と「小諸」に関する話題が随所に盛り込まれていて、テーマへの一貫性と構成力は評価に値する。
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