阿部 恵(場所:沖縄県宮古島)
「今度は速弾きで弾いてみるね。」
先生が三線の弦をキリリとしめ直しながら、おっしゃいました。
「今年から始みゃしよ
(今年を始めとして)
みろくせぬ実らば、世や直れ
(みろくぼさつが出てくるような、良い世の中になりますように)」
さっきまで私が弾いていた曲と同じとは思えないくらい、軽快なテンポで先生が弾き歌いを始めました。それに合わせるように、庭にはえているバナナの大きな葉がサワサワゆれています。
ここは宮古島の民謡研究所です。私の住む鹿児島からまず沖縄の那覇まで飛行機で一時間半、それから別の飛行機に乗り換えて一時間の所に宮古島はあります。去年宮古島の観光をして、ここが大好きになった私と両親は、また今年もやって来ました。そして海で遊ぶ以外にも宮古島を体験したいと、私は三線のレッスンを受けることにしました。
ふだん弾いているピアノとは全くちがう、縦書きの楽譜に苦戦しながらちょう戦している曲の題名は「豊年の歌」。作物がたくさんとれますように、という歌です。
「この曲は民謡の中で、一番よく歌われる曲です。」
先生が教えて下さいました。私は三線を弾くだけで精いっぱいなので、歌詞は目で追って読みました。
「豊作を祈るというよりも、昔の人の切実な願いの歌なんですよ。」
私の祖父よりも年上に見える先生が説明をしました。
「厳しい年貢の取りたてに苦しんでいた島民が、少しでも楽な生活がしたいと願って歌ったんです。」
たくさんの収穫を期待して歌う楽しい曲だと思っていた私はおどろきました。
「私のひい祖母はそういう時代を経験した世代だったので、つらかったことをよく話していました。子どもも大人と同じように働かないといけなかったことや。」
昔話と思っていたのが、先生のひいおばあさんの話と聞いて、現実味がぐっと感じられました。
「その年貢の取りたてをしたのは、薩摩藩ですよね。」
それまでだまって横でレッスンの様子を見ていた母が、ポツリと言いました。
私はハッと思い出しました。歴史で習った薩摩藩の琉球支配のことを。
「まあ、そういうこともあったということですよ。」
先生は鹿児島から来た私達におだやかに笑って、また三線をかまえて歌い始めました。
窓の外では、あいかわらずバナナの葉がのんびりゆれています。暑いのに吹く風は涼しい、島の午後の出来事でした。
鹿児島に住む筆者は家族旅行で宮古島を訪れる。そこで触れた三線体験の折り、島民に古くから歌い継がれる歌の、本当の意味を知ることになる。三線の先生の話、祖母の話、そして母の言葉に、島の今と昔を思う筆者。宮古島ならではの空気感の中、交流を通じて歴史を感じる貴重な体験が綴られている。
・現地での歴史体験が、島独特の雰囲気の描写の中で自然と描かれており、テーマや構成も良くできている。
・とくに冒頭の部分とラストの表現がとても巧く、その様子や情景が目に浮かぶようにリアルに書き上げられている。
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