種村 美樹
少し涼しい風、飛び交う英語。今年の夏、私は、カナダで開催されたサマーキャンプに参加しました。フランス、ブラジル、香港、ベトナム等、世界各地からの参加者が、バンクーバーにある大学のキャンパスで二週間、一緒に過ごします。寮に滞在して、起床から就寝までを共に過ごすのです。家族で海外旅行は何度か体験していますが、家族も友達もいない中での海外経験は今回が初めてだったので、期待と不安で胸が張り裂けそうでした。
緊張で固まっていた私に最初に声を掛けてくれたのは、香港とベトナムから参加していた女の子達でした。彼女達はとても流ちょうに英語を話します。片言の私に話してもつまらないのではないかと思いましたが、私がわからない単語があると、わかるまで一生懸命に説明してくれました。面倒だなという素振りも見せず、笑顔で楽しそうに話します。
カナダに到着して数日が経ち、少し心に余裕ができた時、私はふと、同じ日本からの参加者は、どんな風に過ごしているのだろうと思い、教室を見まわしました。皆、一様に携帯の画面に見入っています。日本人同士、日本語でおしゃべりをしていました。せっかくいろいろな国の友達と話すチャンスなのに、その時は何だか少し恥ずかしいような、悲しいような気持ちになりました。と同時に、日本にいる時の自分を客観的に見ているような気がしました。校則があるので、学校で携帯を使うことはありませんが、暇ができるとつい携帯に手が伸びてしまいます。便利な携帯は私たちの日常にとって今やなくてはならないものです。家族や友達との連絡、情報収集、お財布やカメラ機能、写真や文章の編集もできます。携帯がないと、何だか時代に乗り遅れているような、友達に置いて行かれるような、そんな気持ちになる存在にまでなっています。教室にいた日本の友達は、何故か皆、携帯に必死になっているように見えました。
ある日、香港の友達が少し悲しそうに私に言いました。「帰国したらピアノの試験があるの。もし合格できなければ大好きなピアノをやめなければならない。」と。彼女にはお兄さんがいて、香港では長男への教育が熱心な為、下の兄弟、姉妹は時に我慢しなければならないそうです。私は「頑張ってね。応援しているよ。」としか言えませんでした。中国では、まだまだ男尊女卑の考えが残っていると聞きます。また受験戦争も厳しく、男子の教育にとても熱心だそうです。こういった情報は、インターネットからでも知ることはできますが、私は、その時の彼女の表情が忘れられません。その国の文化や社会的背景が、私の心にぐっと迫ってきた気がしました。
現代社会では、インターネットを介して、一瞬にして世界の情報を入手できます。インターネットさえあれば、何でも解決できるような錯覚に陥りそうな程、私たちの生活に浸透しています。でも、インターネットでは解決できないことがあります。それは、気持ちです。いくら自分の悩みを調べても、答えは見つかりません。悩みの程度も人それぞれなので、ピタッとスッキリする答えを見つけることは難しいです。家族や友達に話して、共感してもらったり、アドバイスをもらったりすることで、一歩前進しようと思える気がします。彼女の悩みに、私は気の利いた言葉を掛けてあげられなかったけれど、初めて会った外国人の私に、素直に自分の悩みを話してくれたことが、とても嬉しかったです。また、彼女は携帯を持っていましたが、翻訳機能を使うことなく、一生懸命、私に話してくれました。言葉が通じなくても、あきらめずに、心を通わせようとすることが大切だと感じました。彼女は、今では私の大切な友達です。携帯の世界では決して見つけられない大切な宝物です。日本に帰国してから、私は彼女とメールでつながっています。遠く離れたところでも瞬時につながることができる携帯は、私と友達をつなぐ大切なツールになりました。
私たちの生活は、日々、便利に進化しています。今回の旅で、便利さに流されて忘れてしまっていることを見つけました。人と人とのコミュニケーションは、遠距離という物理的な制約がある場合もありますが、できれば相手の表情や気持ちを感じることなのだと思いました。便利な携帯も使い方次第です。
今回の旅で、私は、楽しかったことだけでなく、失敗も含めて、ここに書ききれない程のたくさんの体験をしました。その体験こそが私にとって宝物、そこで出会った友達もまた私の生涯の宝物になりました。
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