岸田 彩花
祖父が手を振っている…。私が来るずっと前から待っていたように。空港の到着口のガラス越しに目が合う。
私は祖父を見た瞬間、心が温かくなっていくのを感じた。それは祖父が私に安心感を抱かせているからだ。
祖父は今年で八十歳。誕生日は八月十五日。そう、終戦記念日だ。玉音放送の日八歳の誕生日を迎えた。戦後を生き、高度経済成長期を支えた世代だ。元気な祖父も背中が曲がり、年を感じるようになった。いつまでも元気でいて欲しい。
私は祖父と遠く離れて生活している。旅行をしないと祖父に会えない。毎日会えるといいが、それはかなわない距離だ。
旅行。それは、祖父と私をつなぐ、かけ橋となってくれる。大イベントだ。
私は祖父の住む田舎が好きだ。田舎で過ごす時間は、毎日の生活に疲れた心を洗濯してくれる。田舎で繰り広げられる数日間の生活は、私にとって大きな遊園地に来たかのような毎日だ。
祖父は毎日近くにある城山に登るのを日課にしていて、往復で一時間。ダイエット中は一日に三往復することもあるらしい。祖父が三回も登れるならと、私も祖父と一緒に登った。緑あふれる山では年配の方とすれ違う。すれ違う度に祖父は、「こんにちは。」と大きな声であいさつする。すると相手の方もにこにことして「こんにちは。」と答えてくれる。息がきれ苦しくなった私に「がんばれ。」と声をかけてくれる人もいた。「心がふれ合うとはこういうことなんだ。」と心が温かくなる。頂上から見た景色は別格だった。街の向こうに、澄み渡る空と青々とした海が見えた。今の私の心みたいだと思った。
私は祖父の所に行く度に、祖父の友達で隣りに住む小学五年生のサヤちゃんと一緒に川に泳ぎに行く。サヤちゃんは祖父の家に時々遊びに来るらしい。目のくりっとしたかわいい子だ。サヤちゃんは、私が来るのを楽しみにしてくれている。そう言ってくれるのがうれしい。九州の田舎にあるこの川は日本の川百選に選ばれたと祖父が自慢するだけあり、とてもきれいで透明だ。透明という言葉では語りつくせない程、澄みきっている。緑の深い山に囲まれ、せみの声、川の流れの音が聞こえ、太陽にキラキラと反射する川面を見ると時が経つのを忘れる。ここに来るといつも心が一気に軽くなる気がする。地元の子供達の笑い声、岩から川へ飛び込む音…。すべてが心地よく思える。サヤちゃんと二人で地元の子達が飛び込む岩に登り「飛び込んでみよう。」と一番低い岩から川面をのぞき込んだ。とてもドキドキする。東京では感じることのない感覚だ。私達は決意して、思いきって飛び込んだ…。心は軽くなり、二人で笑うしかなかった。
旅行はいつも私の心を軽くしてくれるし、温かい気持ちにもしてくれる。温かい人達とふれあえるからかもしれない。「人っていいな。」旅行をするといつも思う。「だから旅行って好きなんだ。」と再び思う。山、川、海。そして祖父、サヤちゃん。この旅行には何か一つでも欠けると成り立たない。この旅行に行くと決まった春からずっと楽しみにしていた。何度も思い浮かべてはニヤリと笑った。
旅はいい。大好きだ。
旅行する前から旅は始まっている。私の次の旅行は冬休みだ。冬休みの旅はもう始まっている。計画が立ったら、もう心は旅に出ている。そしてまた、私はニヤリと笑う。
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