佐藤 優宙
「はっとだよ。温かいうちに食べてね」
とばあちゃんが出してくれた丼からは、キラキラした湯気が立っていました。はっとは、宮城県登米市の郷土料理です。インターネットの動画で、トメばあちゃんの格闘シーンで有名になりました。はっとの動画は、激しいシーンが続きますが、はっとは、とても優しい味です。はっとは、モチモチフワフワした食感で、何個でも食べたくなります。ダシが効いたしょうゆ味の汁も、おいしいです。ぼくは、ばあちゃんのはっとが大好きです。
ぼくは、ずっと、どうして、「はっと」というんだろうと疑問に思っていました。ばあちゃんに聞いてみました。
「はっとの名前の由来は、江戸時代に小麦粉をおいしく食べる料理が発明され、農民達が、その料理ばかりを食べて、米を作るのがおろそかになったので、お殿様から、その料理を禁止する法度(はっと)が出たんだ。農民達は、処罰を恐れ、その名前を言わなくなり、いつしか、その料理の名前が忘れられてしまい、みんなが、その料理のことを法度(はっと)と呼ぶようになったんだよ」
と教えてくれました。はっとは、食べることを禁止されるくらい、昔から、おいしい料理だったと聞いて、すごいと思いました。
はっとは、小麦粉を練って、それを一晩寝かせて、次の日に、その生地を平たく伸ばし、小さくちぎって、野菜やキノコや肉が入ったしょうゆ味の汁で煮ます。簡単に作ることができます。しかし、おいしすぎて、ほっぺが落ちそうになります。しょうゆ味の汁には、ねぎやキノコやカツオ節やカニや肉から、いいダシが出て、おいしくなります。入れる物は、その季節で一番おいしい食材を入れます。
そして、はっとに欠かせない物は、あぶらふです。あぶらふは、冷蔵庫がなかった時代に、腐りやすい油揚げの代わりになるように発明されたものです。登米市だけの食べ物です。フランスパンのように大きく、細長い形をしています。それを輪切りにして、はっとに入れます。普通のふよりも歯ごたえがあります。分厚いあぶらふに汁が染み込み、口に含むと、濃厚な味が口いっぱいに広がります。本物の油揚げよりも、ずっとおいしいです。
はっとには、甘いずんだやくるみもあります。甘いはっとも、ぼくは大好きです。
ばあちゃんは、はっとを食べながら、
「終戦後、食べる物がなくて、毎日、はっとばかりを食べていた。今のように肉やカニが手に入らなかったから、おいしくはなかったけど、おなかがすいていたので、たくさん食べた。今は、何でも手に入るから、幸せだね」
と教えてくれました。ぼくは、欲しい物が、手に入らない時代があったことを想像できませんでした。はっとで、大変だったばあちゃんの子供の頃のことを知ることができました。
はっとは、おいしいだけではなく、今の幸せな生活が、とても大切なものであることを気付かせてくれる食べ物だと思いました。
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