金田 羽衣吏
飛行機がゆっくりと滑走路を進み、ゴォーっと、ひときわ大きなエンジン音が座席の底から響くと、次の瞬間、僕は空に向かって飛び立っていた。飛んだ!僕のアメリカ一人旅が始まった。僕はこれから何が待っているのか、何が起こるのか、期待と不安を抱えながら、小さくなる日本を窓から眺めていた。昨年の夏、僕はこれまでにない、数々の貴重な体験をした。そして、僕は「アメリカは広い」ということを本当に実感したのだった。
僕の滞在先は、ソルトレイクシティーから北へ車で三〇分程、ケイスヴィル市。ワサッチ山脈を見渡す、整備された、閑静な住宅街の一角にあるその家は、アメリカ映画のワンシーンを思わせた。ホストファミリーは、ジョンソン一家。お父さん、お母さん、四男一女、愛犬チャーリーに、七羽のにわとりの大家族。家族との日々のコミュニケーションは、彼らの素晴らしい想像力と忍耐力の上で成り立ち、一か月間、僕が彼らと素晴らしいときを過ごしたことは言うまでもない。さらに、僕は「本当の優しさ」について、考えるようになった。
この大家族の中には、僕だけでなく、もう一人、毎日僕たちと過ごす一人の少年がいた。彼の名前はアンドリュー、ヒスパニック系アメリカ人で、三男、アイザックと同じ小学校に通う近所の子だった。彼は毎朝、十時にやってくる。一緒に遊び、一緒に昼食を食べ、一緒に出かけ、一緒に夕食を食べ、そして、彼は家に帰る。買い物に出かけたときは、欲しい物を遠慮なくポンポンカートに入れ、ボーリングに行ったときは、ドリンクをねだり、恐竜博物館に行ったときは、お土産を要求した。家族でもないのに、なんて図々しいやつだと思った。僕は小さい頃から母に、日が暮れる前、夕食前には家に戻るようにと言われ、まして、家族以外の人に、物をねだることなんて考えたこともない。もし、こんな子が近所にいたら、僕は友達にはならなかっただろうし、僕の家を訪ねてきても、ドアすら開けなかっただろう。彼の行動はあまりに非常識だと思った。しかし、驚くべきことは、ジョンソン家、誰一人、彼の悪口を言う人はなく、他の兄弟と同じように、彼と接していたことだ。僕が、アンドリューと日を重ねていくにつれ、ますます彼を受け入れられなくなっているのに、なぜ、僕の家族はこんなやつに、親切にするのか、不思議でならなかった。彼と一緒にいたら、損するばかりだ。
近所には兄弟、姉妹とはいえ、一目で血のつながりがないと言える子供たちがいた。家族全員が白人で、その子だけが黒人だった。僕の友達のホストファミリーは、子供が八人いて、実の子供はそのうち三人だけだった。初めは驚いた僕も、このような家族に出会うことが時々あり、ここでは特に珍しいことではないと理解した。僕の母は、僕一人を育てるだけでも、大変と言っている。僕の周りにも、血のつながりのない子供を育てている人は一人もいない。ある真夜中に、大学生のカップルに、赤ちゃんが生まれた。女の子だった。僕は病院に行き、みんなで赤ちゃんの誕生を祝った。僕は生まれたばかりの赤ちゃんを抱っこして、少し寂しくなった。なぜなら、育てる財力も時間もない若いパパとママが、赤ちゃんをしばらくの間、養子にだすことを知っていたからだ。テレビでは、アメリカのスターが、奉仕活動や寄付、全く人種の異なる子供たちを引き取って育てているのを見たことがある。僕がアメリカで出会った人々は、ごく普通の一般人だ。
人に親切にして喜んでくれることは、嬉しいことだ。僕はいつも、喜んでくれることを前提に親切にしている。でも、僕の親切には、持続性がなく、無意識のうちに自分に過度な負担になることからは、目を背けていたように思う。そして、人に親切にすることで、「優しい人」と思われることが嬉しかったのかもしれない。僕と彼らの親切には大きな違いがあった。それは、彼らの根底に、これまでに生まれ育った環境、教育の中で、「命」、「心」を尊重するという観念が、しっかりとつちかわれているのだということだ。自分だけでなく、他の「命」「心」を尊重した上で、自身の損得を考えることなく、人を選ぶことなく、批判する前に許す心を持ち、そして、彼らの愛を分け与えているのだ。
今年の夏も、ジョンソン家の庭は、青く茂った芝生に、毎日スプリンクラーが勢いよく回っているだろう。カラッとしたユタの空気、干し草の香り、スーパーの独特のにおい、満天の星空に何本もの弧を描く流れ星、アメリカに来なければ知りえなかったこと。そして、そこで出会った人々、彼らの心の広さ、優しさ、人に対する接し方や考え方、僕が一夏で得たもの、僕が感じたアメリカは、僕が想像していた以上に、広く、大きなものだった。
アメリカへのホームステイで日本の考え方とは違う家族生活を体験。アメリカ人が、血縁の繋がり以上に「命」「心」を尊重する心の広さに感銘を受けた。
●ホームステイ先での交流を通して、日本にはない体験に驚き、感動している様子が良く描かれている。
目をそむけていた自分を顧みる内容が素晴らしい。
●出産や養子などの今までにない旅での出会い、経験が良く描かれている。
●体験を通してアメリカでの寛容さ、幅広い許容性を良く表現している。
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