三原 黎香
七月も下旬に入った眩しい朝、フランス、パリ行きの飛行機に乗り込んだ私の胸は高鳴っていた。初めての海外旅行への期待と、言語をはじめ日本と全く異なる空間へ飛び立つことへの緊張で、私の心は複雑だった。
パリには、名画と呼ばれる絵画を所蔵する数々の名立たる美術館がある。私はこの旅行で、これらの美術館を訪れることを楽しみにしていた。旅の二日目、私はパリに来て最初の美術館を満喫した。そして、展示作品の中で最も好きだと感じた絵葉書を買うことにした。それを見た母が、私に言った。
「自分で買ってみる?」
私は驚いたが、慣れないユーロ硬貨を握りしめ、遠慮がちにレジへ向かった。
「ボンジュール(こんちには)…」
絵葉書を差し出し、小声で挨拶した私に、レジの女性は、にっこりと笑って応えた。「絵葉書を買いたいと伝わるだろうか」という私の緊張は、その笑顔を見て一瞬のうちにほぐれた。心地よい安心感に包まれ、相手と会話をしている、という実感と喜びが湧いた。会計を終えてレシートを受け取った時には、私も同じように笑顔で「メルシー」とお礼を言うことができた。
美術館からホテルまでの帰り道、私の感動はまだ続いていた。私は、笑顔の力の大きさを発見した。美術館の女性の笑顔は、私を安心させ、私をその場のコミュニケーションに引き込み、私の笑顔をつくった。フランスに来て、日本語はフランス語に、ご飯はパンに変わった。日本で当然と思っている言語や食文化は、実は狭い範囲での習慣なのだと実感していた。しかし、私は、普段ほとんど意識していない笑顔こそが、国境を越えても変わらない普遍的な存在であることを知った。
私の想像は膨らんだ。美術館の女性の笑顔を見て私も笑顔になったように、笑顔には国籍を問わずその輪を広げる、という特徴がある。このようにして笑顔が世界中の人々に広がっていけば、人種や考え方の異なる多様な人間の懸橋となるに違いない。国際社会は、宗教・資源・環境といった課題解決のため、結束を迫られている、と感じさせるニュースが多い。自分と異なる相手に、歓迎と敬意をまず笑顔で伝えることで、よい関係を構築し、共に課題に取り組むことができるだろう。最終的には、笑顔は地球の全ての人の幸せにつながる重要な鍵だ。
では、今、私は何をするべきだろうか。旅行中は、日本語に頼ることができないため、現地の店やホテルで感謝を伝える際には「メルシー(ありがとう)」の言葉と共に笑顔を意識し、気持ちを伝えるために努力した。しかし、言葉が容易に伝わる日本でも、笑顔が相手の心地よさとさらなる笑顔をつくるという事実は外国と同じだ。家族や友人、店などでの挨拶・会話で、言葉に笑顔をのせ、相手に気持ちを伝えようとすることで、笑顔と幸せの輪を広げることができる。毎日の笑顔を続ければ、その輪を世界中に広げることは、机上の空論ではないと思う。
フランスへの旅で私は、幸せをつくる最高の道具、笑顔を発見した。夕暮れのパリの空港。滑走路を加速する飛行機で、私の心は笑顔の力を見つけた喜びでいっぱいだった。
※賞の名称・社名・肩書き等は取材当時のものです。