JTB交流創造賞

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交流創造賞 一般体験部門

第11回 JTB交流創造賞 受賞作品

最優秀賞

ユンヌの海

大久保 泰裕

ホテルに帰ると、この日はテラス席でのビュッフェだった。台風が近付いていて風は強かったが、波が浜に打ち寄せる音、灯台の明かり、肩を寄せ合って食事をする人々。それが日没後の紫ともピンクとも言えないトワイライトの世界に嵌まる。
料理を取りに行った私が振り返ると父と母は恋人の様に顔を寄せ合って楽しそうに話していた。私は弟に「パパとママの姿をよく見ておくんだよ」と言って席に戻った。

台風の風が上空の雲を払いのけ、最後の夜は星が特に綺麗だった。父が「ホテルの周りを散歩しよう」と言って、若かりし日の思い出を語って聞かせてくれたのも、そんな南十字星の輝く星空の下だった。

最終日の朝は波が荒くなっていたのだが、それでも父と私と弟はチェックアウトの寸前までホテルの前の冷たい海で遊んだ。

空港には来た時以上の人が集まっていて、手作りの演台まで設けられていた。
父がスピーチを求められ、この島に来てからの感動と感謝の言葉を話し、次いで私が緊張しながら「私達家族を温かく迎えて下さり本当にありがとうございました」と言うと、空港の外まで聞こえる程の拍手を島の人々は贈ってくれた。

空港の売店でお土産を見ているとM君のお母さんが私達兄弟を呼んで、ギューっと抱きしめてくれながら「おばさんはヨロンのお母さんだから、いつでも帰って来んしゃいね」と言ってくれた。その言葉が無性に嬉しくて、胸がいっぱいになった。

台風で欠航が続いていたが、奇跡的にも私達の便から飛べるようになり、定刻通りに飛行機は滑走路へ。
小さな窓から空港を見てみると、先程まで晴れていたのにスコールが降っていた。
プロペラが大きな唸りをあげ、飛行機が動き出した時、送迎デッキに駆け上がろうとする人の姿が見えた。M君のお母さんだ。
雨の中、傘も差さずに手を振り続けてくれている。
「お母さん、もういいよ。もう十分だから、早く建物に入って」そう言っても、おばさんは飛行機が見えなくなるまで手を振り続けてくれた。
小さくなっていく島を見つめていると、虹が架かるのが見えた。
この島は本当に奇跡で出来ていた。

東京に戻った父が病院へ検査を受けに行くと、「良くなる事は無い」と言われていた数値が、わずかだが良くなっていた。
驚いた医師が「何かありましたか?」と聞くと、父は冗談を交えながら「塩水をガボガボ飲んだからな」と答えた。医師は「塩水が一番危険なんです」と注意したそうだ。
しかし父の数値は、それからも良くなり続け、「誤診だったのでは?」と思うまでの回復を見せた。

父はそれから三年間も生きてくれた。
学校を休んでまで本当に沢山の場所に連れていってくれた。
高校生になり、父との最初で最後の海外二人旅にも行けた。そして与論島にも毎年行った。
途中、数値が悪化して入院したこともあったが、父がその最後まで父らしく生き、父らしく死を迎えられたのも、あの島の風土とそこに住む人々との出会い、奇跡があったからだと私は今も信じている。

父は死の前夜まで家族と話をし、翌日からの試験に備えて勉強をしていた私の所に来て「がんばれよ」と言うと、そのまま眠りに就き、翌日母が洗濯物を干しているそのすぐ傍で眠りながら息を引き取った。四十八歳だった。

その夏も四人で行くはずだった島だが、それからの数年間は、どうしても行くことが出来なかった。
しかし昨年、十三回忌を期に、父をもう一度あの海へ連れていこうと、家族三人で初めての旅をした。

散骨の為、M君の家族と寺崎海岸に行くと、何故だが涙が溢れた。父の葬式でも殆ど泣かなかった私が海を見て泣いている。何かが切れてしまった様に。
父の愛した海は、父のいた頃と何も変わらずに、当たり前の様にそこに広がっていた。

母と私と弟が一片ずつ遺骨を取って海へと流す。
わずかな波でコロコロと掌の上を回って、父の骨は温かな珊瑚の海へと帰っていった。
だからなのか、台風の風を感じると、父が待っているあの小さな島へ帰りたくなるのだ。

概要と評価のポイント
【概要】

与論島の小学校との交流で友人ができた筆者。数年後、父が余命3か月と診断され、家族の思い出旅行にと与論へ。島を挙げた温かい歓迎で貴重な思い出に。昨年13回忌で再び与論へ旅立つ。

【評価のポイント】

余命いくばくもないと宣告された父との旅。与論の人々に歓迎されて、旅先での思い出と父とのことが印象的に書かれている。読みやすい文章で、最後は、爽やかに締められていて感動した。

※賞の名称・社名・肩書き等は取材当時のものです。

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