JTB交流創造賞

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交流創造賞 一般体験部門

第10回 JTB交流創造賞 受賞作品

優秀賞

まさかのホームレス体験

煖エ 美知子

「長岡の花火を見たら、他の花火大会の花火が、線香花火に見えてしまう」と言われるのは、本当だと思った。

花火の音が腹の底に轟き、全身を突き抜けて、魂を震わせたかと思うと、頭上の黒い空に、びっくりする程、大きな赤い火の花が開いて咲く。

その大輪が、しだれ柳となって、恐くなるほど、私達に近付いて迫って来る。

火の粉が頭にかかりそうな錯覚に、ノブ君は両手で思わず頭をおおってしまう。

これは圧巻だ!こんな花火は初めてだ!

私もノブ君も、「うわー、凄い!」「うわー、綺麗!」感嘆と感動の声を上げずには居られなかった。

同じ列車だった周りの桟敷のツアー客も、口々に感嘆の声を上げる。

叫ぶ人もいるし、音が恐くて耳を押さえて泣く幼子もいる迫力だ。

多少の事で、騒ぎたてるのは男じゃないというポリシーで、物事に動じない夫でさえ「オー!」と声を上げていた。

大きな花と、小さな花の組み合わせや、キラキラ光りながら落ちて行くものや、連発で目に入りきらないスケールのもの、色も鮮やかで、消えて欲しくない花火ばかりだった。

最後に、花火を打ち上げてくれた方々に感謝の拍手と懐中電灯の光を、観客が送って、何万人もの観客と花火師の心が一つになった感動的なフィナーレで、長岡大花火大会は九時半に幕を閉じた。

何万人もの人達が、帰るために駅に向かうのが、人の大河となり、ゆっくりでも流れれば良いのだが、何百メートルも渋滞した。

選りによって、こんな日に限って上越線で人身事故があり、列車が動かないためホームの入場制限があり、駅に人溜りが出来た。

駅までの歩道の人の大河は完全にストップして、普段花火会場から歩いて三十分ほどで、駅に着くのに、一時間以上かかった。

私達が乗る予定だった十二時四十五分発の指定臨時列車は、どの列車よりも後回しになった。

いつ列車に乗れるのかと、確実な予定も知らされないまま、疲れ果てた身体を休める場所もなく、私達は駅前の広場に直接腰を下ろすしかなかった。

ノブ君がトイレに行きたいと言っても、駅は封鎖になって駅のトイレは使えず、止むを得ず、頼み込んで駅前のホテルで借りた。

午前一時、一時半と、深夜までJRから何の説明も無く待たされ、我慢の限界を超え、私達のツアーの男性の一人が「何の説明も、お詫びの一言も無く、一体何時間、俺達を待たせるつもりなのか!駅長を出せ!」と言い出した。

周りの人達が「そうだ、そうだ!」と皆、不満の声を上げた。

暴動が起きるのは、こんな時ではないのかと思ったほど、緊張の場面を目の当たりにして、ノブ君は、眠気も吹っ飛んだようなびっくりした顔で、その様子を見守っていた。

しかし、さすが穏やかな日本人「まあ、まあ、せっかくの長岡の綺麗な日本一の花火を見ることが出来たのだから、あと、ちょっとの辛抱だ。素晴らしい想い出にしようじゃないか」となだめる人も出て来た。

「日本人は優しいから何も起きないけど、外国なら暴動が起きるかもしれないよ」

私は夫に言って、疲れた足で、つま先立ちを繰り返すふくらはぎの運動を続けた。

暴徒化する人は勿論、いなかったが、その男性の怒りの声のお陰で、暫くすると災害用の銀色のマットが一人一人に配られ、次にお茶のペットボトルが配られた。

一番最後に残された、JTBの花火のツアー客、約四百人が、コンクリートやアスファルトの上にマットを広げ始めると、テレビで見たことのある帰宅難民か、被災者のような光景だった。

ノブ君は、グッタリ疲れて口数も少なくなっていたのに、シートを広げてあげると「俺達、まさかのホームレス体験!」

そう言って、配られた常温の小さなペットボトルのお茶を、喉に流し込んで笑った。

「本当にそうだね、列車のあるホームに行けずに、駅前で野宿するんだから、完全にホームレスだ」私も夫も笑った。

「長岡の花火大会に、ホームレス体験ツアーのおまけ付きなんて、なかなか出来ないことだから、福岡に帰ったら、友達に、自慢しよう」

ノブ君は、疲れてクタクタなのに明るい。

近くでマットに横になっていた若い二十代の女性も「会社に行ったら、駅前で野宿したこと、私も自慢しようっと」と悪戯っぽく笑った。

若さには叶わない。

最終的に、長岡から二時五十分発の列車に乗り、途中で新幹線に乗り換えて、七時半頃上野に着いた。

自宅に着いたのは九時頃だった。

私も主人も、疲れ果てて直ぐに布団を敷いて寝てしまった。

ノブ君は「お腹空いたー!」と、昨夜長岡のスーパーで買ったおにぎりや、焼鶏を食べてから、眠りに就いた。

美しさと感動の長岡の花火に、沢山のツアー客との人間的な触れ合いをさせてもらえた「まさかのホームレス体験」付きの旅行は、中学生のノブ君にとっては、全て輝く素敵な夏休みの想い出になったようだ。

夏休みの人権ポスターに「平和の花を世界に!」という長岡の大きな花火を描いた。

「災い転じて福となる」の言葉どおり、災難までも、貴重で楽しい想い出に変えてしまったノブ君に、「脱帽」である。

概要と評価のポイント
【概要】

孫を連れて長岡の花火大会に出かけた筆者。帰りの電車が事故で大幅に遅延し、深夜まで長岡駅前の広場で待たされた。災害用のマットとお茶が配布され出発までの時刻を待っている間、筆者は心身ともにくたくただったが、孫のひと言で思わず楽しい気分になった。

【評価のポイント】

孫を連れた旅先で思いもよらぬ苦労した体験が、生き生きと描かれている。紀行文としてよくできており、人生をも感じさせ、読ませる。

※会社名は各社の商標又は登録商標です。

※賞の名称・社名・肩書き等は取材当時のものです。

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