井崎 英里
わたしの住む仙台の近くには、たくさんの温泉があります。気軽に行ける日帰り温泉はとても人気があり、いつ出かけても楽しい笑い声や歌声が聞こえてきます。
温泉はきらいではありません。でも、小さいころにお腹の手術をし、大きな傷の残っているわたしは、どうしても温泉のすみの方にばかり行ってしまい、なかなか話の輪に入ることが出来ません。いつも遠くから聞こえてくる楽しそうなお話を聞いていました。
今年の夏、宮城蔵王の公衆浴場の外にある足湯に入りました。足湯とは、足だけを入れる温泉です。細長い箱が三つ縦にならび、上から少しずつ温泉のお湯が流れて来ます。箱形の小さな温泉なのです。箱の中には、わたしのひざの高さくらい温泉のお湯が入っていて、その箱を囲むように座るためのベンチがついています。そのベンチに座って、ひざから下の足をひたすのです。
その日、人は不思議と下の箱にだけ集まっていました。
ついいつもの調子で人の少ない上の場所へ行き、足先をそっと入れたところ、あまりの熱さに
「ひえ!」
という声と一しょに足を上げたわたし。
そんなわたしの姿を見て、下の箱に集まっていたおじさんやおばさんが、
「お姉ちゃん、そっちから熱いのが出てんだがら、こっちゃ来さいん。」
と笑いながら話かけてくれました。
お湯の熱さの驚きと、知らない人が笑顔で話しかけてくれた驚きで、うれしいやらはずかしいやら。もじもじしながら、おじさんやおばさんの間に入って行くと、今度は
「どこから来たの。」
「何年生。」
と次々に質問が待っていました。
わたしが答える度に、みんなが相づちを打ったり、笑ってくれます。それは人が入れ替わっても続きました。
のぞきに来る人もいました。そんな人には
「気持ちいいよ。」
とみんなで声をかけました。
そしてまた、知らない人がふえていきました。
このようにして、足湯の人は途切れることはありませんでした。それはまるで、流れてくる温泉のお湯のようで、みんなの輪に入れたわたしは、とても楽しい温泉の時間を過ごすことが出来ました。
知らない人。おじさん、おばさん、おじいちゃん、おばあちゃん、お兄さん、お姉さん、そして赤ちゃんまで、たくさんの人と一しょに楽しんだ足湯。
今度はわたしが
「こんにちは。」
と笑顔をとどけたいです。
●小さいころの手術の傷跡を気にして、温泉を思い切り楽しめなかった筆者。初めて訪れた足湯で、知らないおじさんやおばさんに話しかけられたことから、気づけばその輪の中に自然に溶け込んでいて、温泉での楽しいひとときを過ごすことができた。
●引っ込み思案だったが体験を通じて自分から声をかけるようになったことが伝わってくる作品。
●温泉に入ることへのコンプレックスが、足湯で開放されるという体験は、まさに「旅」ならではのもの。湯に来る人との交流により、心が開けてほどけていく空気が出ている。
※賞の名称・社名・肩書き等は取材当時のものです。