大阪市西成区あいりん地域は、日本最大の日雇い労働市場として知られた。ところが、1990年代半ば以降、労働者の高齢化が進み、労働者の街から野宿とホームレスの街へと変容する。簡易宿所(以下、簡宿)は稼働率が極端に低下、存続の危機に瀕した。2000年頃からは、簡宿から生活保護向けの福祉マンションへの転業が相次ぎ、釜ヶ崎は、野宿とホームレスの街から生活保護の街へと変容していった。
多くの簡宿が福祉マンションへ転業していくなか、2002年日韓共催World Cupを契機として、外国人個人旅行者(以下、FIT)の誘致に活路を見出し、宿泊施設としての存続を模索する簡宿が出現し始める。
この流れは、2005年春、主に簡宿経営者で構成される大阪国際ゲストハウス地域創出委員会(以下、OIG委員会)が結成され確かなものとなる。OIG委員会の結成目的はFITの誘致であり、FITの誘致を「国際ゲストハウス地域」の創出につなげることにあった。OIG委員会顧問は松村嘉久が務め、FIT誘致や街づくりの戦略立案でアドバイスを行ってきた。
OIG委員会の結成以来、簡宿から国際ゲストハウスへと変貌を遂げる宿泊施設が育ち、地域に宿泊するFITは驚異的なペースで伸びる。2004年に1万泊以下であったFITの延べ宿泊数は、2008年には、地域全体で約8万泊と推測されるまで成長した。
■取組みにあたっての地域の課題
あいりん地域にFITは増えたが、FITの受入れに踏み切れない簡宿も多く、国際ゲストハウスへと変貌を遂げた簡宿でも、FIT独特の観光行動や観光ニーズに、充分な対応はできなかった。労働者や野宿生活者が多い地域なので、急増したFITや通天閣へ向かおうとする日本人観光客が、意図せず彼らの生活領域へ迷い込む事例も相次いだ。地域社会からは、FITは増えるものの、その存在が地域での消費に結びつかないとの声もあがった。
このような状況のもと、誰もが利用でき、急増するFITの旅のニーズに対応でき、地域とFITを適切かつ確実につなぐ施設を創設できないか、という強い要望が地域社会から出てきた。OIG委員会は関係各所へ陳情して回ったが、いずれも無理との回答。加えて、税金で運営する公的な観光案内所は、あいりん地域のような宿泊拠点立地の場合、充分な対応が期待できないこともわかった。
そこで、改めて、阪南大学国際観光学部松村嘉久研究室へ、地域の総意として支援を行うので、学生ボランティアで観光案内所を運営できないのか、という強い要望と期待が寄せられた。
そのような状況のなか、2009年1月末から1ヶ月間、新今宮観光インフォメーションセンター(以下、新今宮TIC)の試験的運営を行い、同年7月から常設運営を始めた。
■取組みの目標
新今宮TICの取り組みは、観光情報の提供と旅の相談、FIT向けの着地型街歩きツアーの企画実施、調査研究活動および街づくりの社会的実践、の三つである。
イベントとして行うのではなく、地域と密着しつつFITと国際観光の最前線で向き合い、学生ボランティアのスキルアップを観光専門教育で支えつつ、継続的に関わり組織として成長していくことを、創設時から強く意識していた。新今宮TICの運営は、地元企業(ホテル中央)が場所を無償提供し維持経費も負担、松村研究室が日々の運営を担当するという「民設学営」で取り組んできた。
学生ボランティアの活動指針としては、「現場共育」【現場と深く関わり現場で実践するなか現場から学び現場と共に育つ】を掲げ、意識も自主性も高く責任感の強い学生が集った。FIT利用者は旅の情報が得られ地元学生とも交流でき満足、地域のゲストハウスは顧客満足度が高まり宿泊日数も延びて満足、学生ボランティアは専門知識が深まり外国人と交流でき満足、新今宮TICではこの三者の間でWin-Winの関係を築いている。
■新今宮TICの常設運営について
新今宮TICは阪南大学国際観光学部の学生ボランティアが、基本的に大学で授業の無い日に運営している。通常授業期間は土日のみ、長期休暇中は毎日運営している。これまでの運営実績は、2009年が120日間(延べ利用者2,347名)、2010年が170日間(2,791名)、2011年が153日間(1,131名)、2012年は180日間近くに達する。FITハイシーズンと毎日運営期間が重なり、日本人観光客の多い土日も運営するので、運営日数が短くても存在意義は大きい。
運営時間は朝9時から16時まで、学生スタッフは、基本的に4名、最少でも2名、多い時は6、7名いる。外国語対応は基本的に日本語と英語、中国語・韓国語で対応できる日もある。新今宮TICでは全ての利用者の記録をとり、毎日の運営報告を全スタッフにメールで回して共有している。この利用者記録はFITの観光行動を読み解く貴重な資料でもある。利用者の8割弱が外国人で、アジア系よりも欧米系の利用者が多い。
■ガイドブックに載っていない所へ Community based tourismで誘う取り組み
新今宮TICでは、外国人に大阪の「ありふれた日常」と「ささやかな非日常」を楽しんでもらうとの趣旨から、Community based tourismを意識して、街歩きツアーを実施してきた。この試みは、時間に制約されないFITが集積する強みと、新今宮TICと地域の国際ゲストハウスとの緊密な連携があって初めて可能となるものである。
2012年12月末までに計21回の街歩きツアーを実施し、参加FITは265名に達した。街歩きツアーの企画、集客、実施は全て学生ボランティアが行い、全ての街歩きツアーの様子は、阪南大学ウェブサイトにアップしている。
■FITを地域の商店街へと誘う取り組み
地域の商店街へFITを誘うことは常に大きな課題である。松村研究室は2007年秋、地域の商店のメニューやパンフレットを多言語化して、FITを商店街へ誘導しようと試み、研究室が作成支援した2010年秋発行の『大阪の安い宿』(改訂版)では、地図のなかに地域の商店も掲載した。
2011年春、大阪商工会議所から新今宮TICへ、新世界地域のグルメマップ作成についての協働が持ちかけられ、西成区もマップに入れる、新今宮TIC推奨店舗枠を確保する、などを条件に承諾した。2011年3月末完成の英語版「新世界・西成 食べ歩きMAP」は大好評で、2012年度は中国語版も作成した。新今宮TICや地域のゲストハウスで配布したMAPの集客効果は、日本人観光客にもおよんだ。
このような成果は、新今宮TICが地域で根を張り活動を展開していくなかで、地域の商店との密接な連携を構築してきたからこそ為し得たものである。
■劣悪な地域イメージを改善するための取組みと西成特区構想
あいりん地域と言えば、暴動、覚醒剤売買、賭博など、とかく劣悪なマイナスのイメージで想起されがちであり、そのイメージを払拭するのは、容易なことではない。状況を改善する道は、劣悪な地域イメージのうえに、良好な地域イメージを塗り重ね、徐々に転換していくしかない。
新今宮TICはそのような地域イメージ戦略を意識して、地域にとって意義があり、社会的注目を浴びる活動を展開し、メディアからの取材を積極的に受け入れてきた。日本観光研究学会など学術的な場でも発表し、議員、観光行政担当者、研究者など、新今宮TICへ見学に来る様々な人たちも受け入れている。
2012年に入り橋下徹大阪市長が西成特区構想を打ち出すなか、あいりん地域の国際観光振興が注目され、新今宮TICの存在意義も高まりつつある。新今宮TICは2012年度、西成特区構想とも関連して、西成区のエンターテイメントや芸能文化を発掘し発信しようと、フィールドワークを展開してきた。そのなかで、オーエス劇場・鈴成座・梅南座など大衆演劇、上方落語の動楽亭、西成ジャズなどに注目し、劇場関係者や演者らとの関係性を構築し、情報発信を行ってきた。2012年11月中旬には「大阪集客プラン事業」の認定を受け、新今宮TICが中心となり、「西成ライブエンターテイメントフェスティバル2012」を開催した。
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