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世界に向けた田辺の挑戦〜外国人に優しいまちづくり〜
持続可能な世界標準の観光地をめざして
田辺市熊野ツーリズムビューロー
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設立経緯と組織概要
世界に向けた田辺の挑戦〜外国人に優しいまちづくり〜の写真  田辺市熊野ツーリズムビューローは、平成17年の市町村合併を受けて、翌18年4月に田辺市の5つの観光協会(田辺・龍神・大塔・中辺路・熊野本宮)が構成団体となり設立された、観光連盟のような民間団体です。
 1,000kmlを超える面積は、和歌山県の約4分の1を占め、ユネスコの世界文化遺産である熊野古道や熊野本宮大社、湯の峰・川湯・渡瀬・龍神といった良質で歴史ある温泉など、規模は小さいながらも世界に通用する様々な観光素材が点在しています。
 この春、当ビューローは4年目を迎えました。田辺市全域と周辺市町村を含めた、広域的視野に立った質の高い観光情報の発信と、受地としてのレベルアップが主な業務で「世界に開かれた持続可能な質の高い観光地」を目指して取り組んできました。
 しかし、これまで発展を遂げ続けてきた日本型の大量送客観光も陰りを見せ始め、旅行者の成熟化に伴うニーズの細分化や、徐々に小さくなっていく国内のパイだけでは、持続可能な観光地として育っていくことは難しい時期となってきました。
 毎日が試行錯誤と暗中模索の連続ですが、小さなまち「田辺市」における外国人に優しい世界標準の観光地を目指した、当ビューローの取り組みを紹介させていただきます。


これまでの活動概要
世界に向けた田辺の挑戦〜外国人に優しいまちづくり〜の写真  当ビューローの設立に合わせて策定したのが「観光アクションプラン」です。その中で取り組みの1本の柱と定めたのが国際観光の推進。いわゆるインバウンドの推進です。以下に3年間のインバウンドの取り組みを、各項目に分けてまとめてみました。
 東京の下町で頑張る観光カリスマの宿「澤の屋旅館」の取り組みを、田舎町にアレンジし、そして町ぐるみで取り組んでいる姿を想像していただけると幸いです。

1.外国人スタッフ「国際観光推進員」の雇用
 「外国人観光客を呼ぶためには外国人の感性が必要だ」という考えで、最初に英語圏(カナダ)からネイティブのスタッフを国際観光推進員(ブラッド・トウル)として雇用しました。
 統計調査の分析やアンケートを行い、外国人旅行者の動きやニーズの実態を知ることから始め、当面の外国人ターゲットを欧米豪と在日外国人の個人旅行者に絞っていったのです。

2.各種媒体を使った情報発信
 国際観光推進員による海外への情報発信については、ホームページやパンフレット、ポスターなどの作成(ホームページ・パンフレット共にすべての種類で英語版を作成:一部仏語・中国語・韓国語あり)と、プレスツアーやエージェントファムの誘致や商談会参加による売込みなどを行っています。
 国内ではそれほどでもない情報でも、外国人旅行者や外国の旅行業界関係者にとっては、日本のゴールデンコースと言われる観光地から大きく離れた紀伊半島の田舎町の情報を、新鮮で魅力ある情報として捉えてもらえるのでしょう。これまでは、知りたくても何の英語情報もなかったわけですから…。
 ここでポイントとなるのが、ローマ字表記の徹底した統一(基本的にはヘボン式を採用)と、外国人の感性に合わせた質の高い翻訳です。一般的には日本語のテキストをベースに英訳を外注し、ややもすれば歴史的人物などの固有名詞や専門用語なども直訳してしまうケースが多いのですが、当ビューローが作成する媒体については、基本的なデザインの統一感は守りながらも、テキストそのものを大きく書き換えることもあります。地道で大変な作業ですが、意義のあることだと考えています。
 このように、小さなまちの国際的な取り組みが国内外の多くのメディアやエージェントを中心に評価され、3年間の情報発信の業務は一定の成果を上げることができました。

3.受入(観光)地のレベルアップ
 情報発信に成功して、海外から観光客を招いたとしても、受入地としてのホスピタリティが欠落していれば、二度と来てもらえないどころか、悪い口コミがネットを通じて世界中に広まってしまう怖い時代です。
 そこで私たちは、設立後3年間は50パーセント以上の力をレベルアップ事業に費やし、ソフト・ハード両面でおもてなしの向上に取り組んできたのです。
 ソフト事業では、主にワークショップ形式を取り入れた研修会を、2年間で延べ60回近く開催しました。「笑顔があれば英語が話せなくても大丈夫! 指差しツールで外国人とコミュニケーション」をテーマに、業種別にカリキュラムを変えてきめ細やかな研修を行いました。その結果、これまでは外国人がたまに訪ねてくると困り果て、玄関で靴を脱ぐことすら伝えられなかった小さな民宿の主人も、「指差しツールのお陰で外国人を迎えるのが楽しくなった。英語が話せなくても何とかなるもんですね〜」などと我々に話してくれるようになりました。
 指差しツール作りにも工夫を凝らしました。我々があまりリードしすぎることのないように注意しながら、「あなたの施設では外国人のお客さんに何をどう伝えたいのか」ということを、それぞれの施設ごとに体験を活かしながら自ら考えていただきました。そしてまずツールのベースとなる表現内容を日本語で書いていただき、我々や同業者の皆さんと議論をしながら、施設ごとの英日併記指差しツールを作っていったのです。
もちろん初めて作成したこのツールは完璧ではありません。今後も地道にワークショップを繰り返し、それぞれの施設に合った最高のツールへとバージョンアップさせていくことが必要だと考えています。
 多くの関係者が実体験を基に自ら考えて出し合った指差しツールの膨大なコンテンツは、すべてが英語に翻訳され、必要に応じてすぐに活用することが可能で、当ビューローにとって大切な財産です。近い将来、これらのデータベースを再整理すれば「外国人コミュニケーションツール」の書籍出版なども夢ではないかもしれません。

■ワークショップの開催概要
 @ 宿泊施設関係者対象のワークショップ
 A 交通関係者(JR・バス会社)対象のワークショップ
 B 観光案内所スタッフ対象のワークショップ
 C 市内5観光協会スタッフ対象のワークショップ
 D 田辺市役所観光関係担当者対象のワークショップ
 E 熊野本宮大社(神職・巫女)対象のワークショップ

 一方ハード事業では、和歌山県や田辺市が行政として実施する事業にも積極的に関わり、多くの成果を上げてきました。

 @ 世界遺産熊野古道ルートサインの英語併記
 A 世界遺産熊野本宮館(熊野本宮ヘリテージセンター)建設に伴う展示物及び各種媒体等の英語併記

4.国際合気道大会がはずみに
 2008年10月、4年に一度開催される国際合気道大会が当田辺市で開催されました。合気道の創始者である植芝盛平翁の生誕地でもあり、世界各国から約700人の外国人が参加し、大会期間中の10日間ほどは、これまで田辺市では見たことがないような国際色豊かな雰囲気に包まれました。
 どこを見ても外国人…。地元の人もあまり利用しないような古びた呉服屋に外国人の人だかり…。夜の居酒屋では他言語が飛び交う…。街角では外国人参加者から床屋を尋ねられている…。小さな宿ではユーロから円への換金の相談を受けている…。こんな感じで多くの市民が多少の戸惑いを感じながらも、これまで体験したことのない国際イベントを目の当たりに体験することができたのです。
 当ビューローでは、この大会を「世界に開かれた観光地」に育てていく弾みになると考え、計画当初より運営の側面から関わってきました。というのも、いくら我々が「これから外国人観光客が増えるから事前に準備しよう」と関係者に喚起したとしても、現象が起こる前ではなかなか足並みが揃いません。一般的な人々の動きは、いわゆるリアクションでしかないのが実情です。そこで、将来の目的を達成するために、この大会を手段として活用させていただいたということです。
 具体的には、大会参加者に対する現地情報の整理(移動に伴うバスの運行表や観光情報、各種マップなどの情報整理や翻訳作業等)はもとより、世界遺産熊野古道ウォークなどのオプショナルツアーの実証実験など、運営の裏側でのサポートを行いました。そして何よりも好評を得たのが、居酒屋の日英併記メニューと宿泊施設の指差しツールでした。多少のトラブルはあったものの、訪れる者と受け入れる者双方のストレスが軽減され、田辺でしか味わえない田舎らしい食文化や日本の温泉文化も、スムーズに体験していただくことができたのです。

5.国際共同プロモーション
世界に向けた田辺の挑戦〜外国人に優しいまちづくり〜の写真  昨年10月、熊野古道と同じく巡礼道としての世界遺産(サンティアゴの道)を有するスペインのサンティアゴ・デ・コンポステラ市観光局と当ビューローが、共同プロモーションを民間団体同士でスタートさせました。
 この事業は、多くの自治体等で行っている友好交流提携ではなく、実際に誘客を促進するためのプロモーションとして位置づけられているのが特徴です。
 スペインでは首都のマドリードで、日本では東京で共同記者会見を行い、両地の抱える観光素材や巡礼道の魅力などを説明する機会を確保して、国内メディアだけではなく多くの海外メディアにも紹介されました。
 今後は、この共同プロモーションの成果物であるパンフレットやホームページ等の情報発信ツールを十分活用し、目的意識の高い旅行者の誘客に取り組んでいきます。

6.今後の事業展開
 3年間の取り組みの中で、実際にお客さんを運んだり手配したりする業務が欠落していることが、想像以上に大きな弊害となっていることに気付きました。本来これらの業務は、旅行会社が行うべきものかもしれませんが、特にインバウンドの中でもFIT(個人旅行者)を扱うとなると、言葉の壁や文化の違い、受入側のサービス提供業者の対応能力などが弊害となり、大手旅行会社ですら必要性を感じていながらも、手を出せていないのが現状です。
 例えば、フランス人が「4〜5日かけて熊野古道を歩きたい」と現地のツアーデスクに駆け込んだとしても、現状ではほとんどの会社がニーズに応えることはできません。仮に現地の日本のエージェントに業務を投げたとしても、宿泊単価の安価な古道沿いの民宿等は契約施設ではなく、しかも発地型の大量送客観光がメインである国内の旅行システムでは、個々の細分化されたニーズに対応するための現地情報も乏しく、プランニングのサポートすら十分に対応できないのが現状です。


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※賞の名称・社名・肩書き等は取材当時のものです。