平井理央のスポーツ大陸探検記

Vol.10

2019.10.23

「野村道場~JUDO IGNITION TOKYO~」に密着!

スポーツの秋、そして東京2020オリンピック・パラリンピック1年前を迎え、全国各地でさまざまなスポーツイベントが開催されています。そんななか、柔道家・野村忠宏さんが主催する「野村道場~JUDO IGNITION TOKYO~」が9月21日に行われ、平井理央さんがMCを務めました。野村さんが初めてプロデュースする柔道のイベントに密着しました。


撮影:竹見脩吾


オリンピック3連覇という輝かしい実績を持つ柔道家の野村忠宏さんが手掛ける「野村道場~JUDO IGNITION TOKYO~」は、「伝統」と「革新」という2つの要素を融合させて新しい体験型の柔道イベントを創り上げることで、柔道が持つ価値をより多くの人たちへ発信したいという思いから実現したイベントです。
会場となったのは東京・足立区にある東京武道館。柔道や剣道、弓道等の各種武道大会の会場として利用されている施設です。
13時のイベント開始を前に、10時30分頃からリハーサルが開始。立ち位置や動線、進行等の確認を入念に行い本番に備えます。リハーサル終了後、野村忠宏さんに「野村道場~JUDO IGNITION TOKYO~」に懸ける思い、柔道を通して伝えたいこと等をうかがうことができました。


平井理央さん(以下、平井):いよいよ当日ですね。これだけの大きなイベントですと、準備が大変だったのではないですか。

野村忠宏さん(以下、野村):はい、大変でした(笑)。ゲストで呼ばれて子供たちと触れ合ったり、柔道を伝えたりというのはこれまでもありましたが、自分が0(ゼロ)から創り上げる柔道イベントは初めてなので、いい経験ができました。

平井:今回、自分でプロデュースしようと思われたきっかけはどういうところでしょうか。

野村:私の場合、引退後に講演やメディア活動が増え、柔道に関わる時間が少なくなっているという実感がありました。その中で、自分ができる柔道への恩返しや関わり方は何だろうと考えた時に、これからの柔道界の宝である子供たちに柔道を伝えていきたいという思いがありました。私自身は柔道一家に生まれて3歳から柔道を始めましたが、祖父の道場で本当に楽しい柔道を学んだおかげで柔道を好きになりました。子供の頃は弱かったけれど、結果だけで自分の可能性を諦めることなく、“強くなりたい”“もっと柔道を上手くなりたい”という自分の中から湧き出てくる思いがあったから続けられました。なかにはどうしても勝たなくてはいけない、強くならなくてはいけないという環境にいる子もいると思いますが、私としては、子供の時は強い、弱いではなくて、しっかりと柔道の礼儀を学んで、柔道を楽しむことが大切だということを自分がプロデュースするイベントで自分自身の口から継続して伝えていきたいという思いがあります。ゲストで参加するイベントとはまた別に、自分が主催するイベントならではの、いろんなバリエーションを出していきたいと考えています。


撮影:竹見脩吾


平井:今回は演出にもこだわっていますよね。先ほどリハーサルで拝見しましたが、オープニングが格好よかったです。あそこにはどういう狙いと思いがありますか。

野村:柔道をしている自分たちは柔道が好きで、柔道が一番格好いいと思っているけれど、人によっては、柔道は怖いとか、痛いとかマイナスなイメージもありますよね。自分の柔道に対する思いを一度0(ゼロ)にして、柔道を知らない人たちがどのように柔道を見ているかを考えた時に、柔道の技術や礼儀という本質的なところは変えようがないけれど、見せるという部分では“格好いい”という要素は大事。柔道の迫力やスピード、技のキレといった格好よさを最新のデジタルの力を借りて子供たちがさらに興味・関心を持てる、柔道ってすごいなと感じてもらえるようにしたいと思ったのがきっかけです。プロジェクションマッピングの映像演出は、普段より親交のある株式会社ワントゥーテンの澤邊芳明社長にお願いし、柔道という伝統的なものとデジタルという革新的なものとを融合して何か新しい見せ方にしようとなりました。


撮影:竹見脩吾


平井:講師陣に野村さんをはじめ、阿部一二三選手、阿部詩選手という世界トップレベルの2選手が揃いました。なぜ、お二人に講師をお願いしようと思われたのですか。

野村:それは影響力です。私はオリンピック三連覇という実績がありますが、やはり子供たちにとっての花形は現役選手。阿部一二三選手と阿部詩選手は、柔道界において特別な存在であり、一本を取る柔道を体現できます。相手を豪快に投げる攻撃的な柔道を信条としていて、柔道がわからない人にも柔道の本当の魅力を伝えられる二人です。現役の中で最も輝いている二人に教えてもらえるのは子供たちには夢のようなこと。私も子供の時に山下泰裕先生や細川伸二先生等に会った時の記憶は今も残っています。その時代のスター、世界のトップに会う、本物の技術や技のすごさを間近で見る、そうしたことがいい思い出になるし、励みにもなる。もしかしたら、“私もああいう選手になりたい”という夢に繋がるかもしれません。

平井:イベントのコンセプトにもある“子供たちのエネルギーに火を灯す”ですね。

野村:そうです。やはり、柔道は先生や親に強制されるものではなくて、自分で夢を描く、自分なりの目標を持って自らの思いで取り組むのが一番です。それが成績にも繋がりますし、頑張る力になります。やらされている練習よりも自分からやる練習、そこを一番感じて欲しい。今日がそのきっかけになればいいですね。私自身、子供の頃は弱かったんです。中学に入った時は30㎏しかなくて、高校入学時は45㎏。名門の柔道一家に生まれて、兄は期待される存在でしたが私は期待されていない。そんな中でも柔道が大好きで、負けた時は本気で悔しかった。それでも認めてもらいたかったので、いろいろな思いを持ちながら柔道を続けてきました。もちろん、努力もしました。ただ、努力がすぐ実を結ぶ人もいれば、成長はしているけれど結果として出ない人もいます。自分の可能性を信じて、その可能性を引き寄せるための努力を続けたから、私は大学に入ってそれまでの努力が一気に実を結びました。実を結んだのには努力や才能等いろんな要素があるかもしれないけれど、そのタイミングは正直、周りからはわかりません。これは子供の頃は特別でなかった自分だから言えることです。


撮影:竹見脩吾


平井:野村少年の心に火を灯し続けたものは何だったのですか。純粋に柔道が好きということですか。

野村:柔道が好きという気持ちと、強くなりたいという思いですね。悔しさも大きな原動力になりましたし、それとたまに、本当にたまに、背負い投げで相手をバチンと投げて一本取る感覚です。でも、一番自分の根幹にあるのは、小学校の時に祖父の道場で学んだ柔道の楽しさです。小学生の頃は、他に野球やサッカー、水泳等もやりましたが、一番楽しく夢中で取り組めたのが柔道でした。生まれた環境ではなく、自分で選んだ、好きだから選んだというのは、一番大きな柔道を続ける原動力でした。もし強制されていたとしたら、自分を諦めて挫折していたかもしれません。

平井:今回のイベントには野村さんの柔道への愛が詰まっているのが伝わってきますね。

野村:子供たちにとってゴールは今ではありません。今、強いか、弱いかは関係ない。今、強い子はそれに奢らず、弱い子は諦めず、です。


撮影:竹見脩吾


柔道の理念を伝えていきたい

平井:先ほど継続して伝えていきたいとおっしゃっていましたが、イベントの今後のビジョンはありますか。

野村:年に1、2回、続けていきたいですね。東京2020オリンピック・パラリンピックがあり、2024年にはパリ大会があります。パリは日本以上に柔道王国だと言われ、柔道連盟の登録者数は日本が約14万人に対してフランスは約60万人。柔道人口は日本の5倍です。

平井:5倍!?フランスの柔道人口が多いのには何か理由があるのですか。

野村:フランスは人種も文化も多様で宗教もさまざまなので、学校教育のなかで道徳を伝えるのがなかなか難しいという面があります。でも、柔道は道場で帯を締めて畳に上がれば人種も宗教も関係ありませんから。

平井:柔道にはそういう教育的な背景もあるのですね。

野村:フランスでは柔道指導の指針として、友情、勇気、誠意、名誉、謙虚、尊敬、自制、礼儀という8つのモラルコードを定めています。親は子供たちを単に強くしたいというのではなく、こうした道徳的なこと、人間として大事な精神を養わせたいという考えがあって子供を道場に通わせています。フランスは柔道の人間形成、教育的な価値というものをすごく受け入れていて、スポーツというより教育として柔道を大事にしています。

平井:試合などを見ていて、フランスの選手は礼の形がキレイだと思っていましたが、そうした背景があったのですね。日本でも改めて教育的な価値が見つめ直されているのでしょうか。

野村:もともと日本で柔道は人間形成や道徳観を養うものでした。それがオリンピック競技になって、競技としての柔道という面が生まれ、世界に発展しました。競技として強さを求める柔道は大事ですが、それと同じかそれ以上に、嘉納治五郎先生が柔道を創始した理念は大事です。それは「精力善用」「自他共栄」というもので、「精力善用」は鍛えた心と身体をすべて使って社会に役立てること。「自他共栄」は、相手に対して敬い感謝して助け合い、認め合う心を養うこと。自分だけじゃなくて、相手と一緒に栄える、世の中を作っていこうというものです。この嘉納先生の唱えた柔道の本質は果たして子供たちに伝えられているのか、危惧する部分があります。私たちがこういうイベントを提供することで、心の部分、柔道が本当に大事にしている部分を伝えていきたいと思っています。だから、今回も柔道の技術を伝えて世界のトップ選手たちと交流する時間を作りますが、嘉納先生の話をさせていただき、感謝や相手を敬う心の大切さ、礼儀作法も伝えていきます。


撮影:竹見脩吾


プロジェクション演出で華やかに幕開け

開場時間の12時になると、続々と子供たちがやってきました。今回の参加者は、小学3年生から6年生までの経験者200名です。
13時すぎ、イベントの開始を告げるアナウンスが流れました。それを合図に会場が暗転し、軽快な音楽に合わせて舞台上の大型ホログラムスクリーンに色鮮やかな映像が映し出されます。最先端のデジタル表現を駆使したプロジェクションの華やかな演出に、イベントへの期待感が高まってきたところに3名の講師が登場。会場は大きな歓声が沸きあがり、早くも熱気に包まれます。壇上で一人ずつ技を披露するとその動きに合わせてスクリーンのホログラム映像が変化するので、技の迫力や美しさ、スピードがより一層際立って見えます。
開会にあたって、野村さんは「私は子供の頃、柔道が弱かったけれど楽しい柔道をたくさんしました。頑張っていけばいつか強くなると未来の自分を信じて努力し続けました。みなさんも、今は柔道を通して礼儀作法を身に着け、礼節を学びながら柔道を楽しんでください。阿部一二三選手、詩選手というスーパースターと一緒に過ごせるのは素敵なことです。今日は限られた時間ですが、精いっぱい元気に取り組みましょう」と挨拶。
最初に行われたのは礼節指導。嘉納治五郎先生が唱えた「精力善用」「自他共栄」の理念を子供たちに説きながら、立礼と座礼の基本の形と大切な精神を伝えます。次に準備運動を行い、柔道指導に移ります。野村さんが背負い投げを披露し、技をかける時のポイントや意識していることなどを伝授しました。
続いて乱取りです。これは二人一組になってお互いに自由に技をかけあう稽古で、講師陣の元には稽古相手になろうと子どもたちが殺到して、もみくちゃにされる場面も。乱取りは1本1分30秒。それを3本、行って終了です。
柔道指導はここまでで、この後はじゃんけん大会で交流を図り、最後に参加者全員で集合写真を撮影しました。


撮影:竹見脩吾


閉会にあたり、野村さんからは「感謝する気持ち、詩選手や一二三選手に会えた時のトキメキや頑張ろうと思った気持ち、一流の技を見た時に感じたことを大切にしてください。あんなすごい技ができる詩選手も一二三選手も子供の頃は弱かった。だから、今弱い子も諦める必要はないし、挫ける必要もありません。柔道を好きで楽しむこと。今は思いきって勝負したらいい。負けるのも、悔しさを知るのも勉強です。そこから、よし、頑張るぞ!と自分の中から湧き出る気持ちを大切にしてください。感謝を忘れず、努力して柔道を続けてください。努力をすれば強くなります。強くなった人は優しくなる。みんなに愛される人になって、大人になったら柔道をやっていた人は違うねといってもらえるような世の中に役立つ人になって欲しいなと思います。明日から、また頑張りましょう」。そう締めくくると、会場が温かな拍手に包まれ、イベントは幕を閉じました。


撮影:竹見脩吾


継続していくことに意味がある

イベントを終えて、今日の感想をうかがいました。
総合演出を担当した株式会社ワントゥーテンの澤邊芳明社長は、「野村さんから柔道をもっと盛り上げたいという思いを受け取って、プロジェクションマッピングで協力しました。今日は柔道の動きに合わせて演出を変化させています。そういう演出をしていくと、技や動きの美しさ、迫力がもっともっと伝わるのではと思っています」。
それを受けて野村さんは、
「柔道を伝えていくうえで、柔道の精神など本質的な部分は大切にしながら、見せ方、伝え方という点で子供たちや柔道を知らない人にも興味・関心を持ってもらえるように進化していかなければならない。そのチャレンジがこのイベントです。今日は子供たちのエネルギーを感じられてとても気持ちがいい。継続していくことに意味があると思っているので、これからも学び、磨き続けます」。
イベント終了後は、充実した表情で会場を後にする子供たちがとても印象的でした。今後の野村道場の展開から目が離せません。


撮影:竹見脩吾


Profile

野村忠宏(のむらただひろ)

柔道家。1974年12月10日、奈良県生まれ。祖父は柔道場「豊徳館」館長、父は天理高校柔道部元監督という柔道一家に育つ。アトランタ、シドニー、アテネオリンピックで柔道史上初、全競技を通してはアジア人初となるオリンピック3連覇を達成。2015年、全日本実業柔道個人選手権大会を最後に40歳で現役を引退。

平井理央

Profile

平井理央

1982年11月15日、東京生まれ。慶應義塾大学法学部卒業後、2005年フジテレビ入社。「すぽると!」のキャスターを務め、北京、バンクーバー、ロンドン五輪などの国際大会の現地中継等、スポーツ報道に携わる。2013年より、フリーで活動中。趣味はカメラとランニング。著書に「楽しく、走る。」(新潮社)がある。



JTB法人オウンドメディア「WOWJTB!」でも平井理央さんの記事が掲載されています。
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