Vol.9
2019.08.30
パラ卓球徹底解剖!
東京2020パラリンピック開催まで1年を切り、注目が高まるパラスポーツ。なかでも、平井理央さんが注目するのがパラ卓球です。去る8月1日(木)~8月3日(土)、パラ卓球の国際大会「ITTF・PTTジャパンオープン2019東京大会」が東京・港区スポーツセンターで開催されました。初めて日本で開催するパラ卓球の国際大会であり、約1年後に迫った東京2020パラリンピックの前哨戦ともいえる大会を取材しました。
撮影:竹見脩吾
「ITTF・PTTジャパンオープン2019東京大会」は東京2020パラリンピックに出場するための世界ランキングポイントを獲得できる重要な大会でもあり、来年の本番を見据えて23の国や地域から182名の世界トップ選手たちが参戦しました。
取材を行ったのは、大会2日目の8月2日(金)。試合会場に入ると、フロアには卓球台がずらり。7台ずつ2列、計14台が置かれ、14試合が同時に行われます。
9時40分、QUEENの『We Will Rock You』の曲に合わせて選手が入場してきました。すべての卓球台でウォーミングアップが始まり、それぞれのタイミングで試合がスタート。平日ながら観客席には多くのファンが来場し、選手の掛け声やあちこちで大きな拍手や歓声があがり、場内は熱気に包まれています。
撮影:竹見脩吾
自分の障がいを知ることから始まる
パラ卓球は男女別に車いす、立位、知的障がいの3つの部門があり、障がいの程度によって車いすは1~5、立位6~10と各5クラスに分けられています。ちなみに、数字が小さいほど障がいの程度が重くなります。ルールは健常者の卓球競技に準じ、使用するラケットや球、卓球台、ネットの高さなどは同じです。
観戦をより楽しむために、パラ卓球の見どころ、注目の選手を一般社団法人 日本肢体不自由者卓球協会(パラ卓球協会)渉外担当を務める立石イオタ良二さんに教えてもらいました。
平井理央さん(以下、平井):試合を見ていると、選手は相手の障がいのあるところ、言ってみれば弱い部分を狙っていますね。
立石イオタ良二さん(以下、立石):弱点である障がいのあるところを攻めるのも攻め方の一つです。例えば、ドイツのWOLLMERT Jochen(ウォルマット)選手。彼は手首が常に90度に曲がったままなのでバックハンドでしか打てません。(フォアハンドの角度がでない)通常はフォアで打てる位置でもバックハンドで返すため、フォアを狙われた際には大きく回り込まなければならず、そこが弱点になります。ですから、相手は回り込ませるようにフォア側を攻めるわけです。
撮影:竹見脩吾
平井:ウォルマット選手もそこを攻められることはわかっているのですね。
立石:もちろんです。彼はその対処の仕方が素晴らしく、球にいろんな回転をかけることで、なるべくフォア側に返球されないように工夫しています。そのバックハンドが彼の特徴です。選手はそれぞれ、自分の障がいを自分で理解し、何が必要かを考え、想像して、自分の卓球スタイルを作り上げています。戦術は選手それぞれの障がいから生まれてくるもので、それぞれが考え出した戦術で戦っているところは見どころです。
撮影:竹見脩吾
平井:この人は注目!という選手を教えてください。
立石:イギリス(クラス8)のWILSON Ross William(ウィルソン)選手。昨年の世界選手権で優勝した選手で、人間性も素晴らしく、イケメンです(笑)。少しずつパラの世界もイメージが変わってきていますが、「選手の第一印象が“爽やか”であったことで興味が湧き、試合を観戦したら強かったのでファンになった」というのがパラスポーツの世界にもあっていいと思うんです。ちなみに、彼は腰に障がいがあるので初動が遅くなります。そのぶん、身体のブレをなくすために体幹を鍛えているので、普通の卓球選手ではありえないガッチリとした体形をしているのが特徴でもあります。それと健常者のプロリーグに参戦しているイギリス(クラス7)のBAYLEY William John(ベィレイ)選手。リオの金メダリストです。もちろん、日本の71歳レジェンドである別所キミヱ選手や世界ランキング4位(2019年8月現在)岩渕幸洋選手にも注目して欲しいです。
別所キミヱ選手(撮影:竹見脩吾)
世界最大規模の広告祭で金賞に輝いたパラ卓球台
会場の一角にはユニークな卓球台がありました。コートの片方だけが円形になっている前方後円墳のような卓球台、それと片側のコートだけが奥行きがある卓球台です。これは「パラ卓球台」といい、各選手が障害によって感じている台の形を表現したもので、前者は八木克勝選手モデル、後者は茶田ゆきみ選手モデルです。
例えば、茶田選手は車いすでプレーするのでネット際のボールの処理が難しく、手を伸ばしても届かないので自分のコートが長く感じるといい、それを再現したものです。選手に何度もヒアリングをし、自分が感じている台のイメージをスケッチしてもらってデザインを作ったそうで、当日配置されていた2台のほか、コートの左側だけ尖った岩渕幸洋選手モデル等もあります。このパラ卓球台は、2019年6月にフランス・カンヌにて開催された世界最高峰・最大規模を誇る広告祭「カンヌライオンズ国際クリエイティビティ・フェスティバル」で、金賞と銅賞を獲得しました。
パラ卓球台 八木モデル(撮影:竹見脩吾)
パラ卓球台 茶田モデル(撮影:竹見脩吾)
「障がいというと、どうしても“かわいそう”、“大変”と捉えられてしまうところがありますが、パラ卓球台は、障がいをわかりやすく伝えると同時に、面白いとか、すごい形とか、選手の障がいという個性をポジティブに表現したいという想いから生まれました」と立石さん。
卓球台の前に立つと、ネットへの距離など、慣れ親しんでいる感じと違うので戸惑いもありましたが、実際にプレーしてみると、ここに球がきたら追いつけないから、なるべくここに打たれないような球を相手に返さなきゃとか、素早く戻らなきゃとか、頭がフル回転で、気づいたら夢中になっていました。選手が感じている世界を自分も垣間見ることができ、とても興味深いものでした。
世界の頂点を目指して頑張っているのは一緒
取材当日の観客席には、なんと2016年リオデジャネイロオリンピック男子卓球団体の銀メダリスト・吉村真晴選手(所属:名古屋ダイハツ)の姿も。今回はプライベートでの観戦でしたが、同じ卓球という種目の競技者として、パラ卓球の選手たちのプレーがどう映ったのか吉村選手に伺ってみました。
「初めてパラ卓球の試合を観戦したのですが、思っていたよりも会場に来られたお客様も多く、本当にうれしいです。 また、気迫あふれるプレーをしているところは僕らと変わらないですね。自分の課題や技術、それを踏まえてどうやって戦うかという戦術等、本当に自分を知らないと戦えない。そこは見ていて感じた部分であり、凄いなと思いました」
同じアスリートとして共感する部分も多く、大きな刺激にもなりました。
「スポーツ選手はみんな同じところを目指して戦っています。勝つことを大事にしているのはお互い一緒であり、僕らも卓球が好きだからやっていて、彼らもそう。世界の頂点を目指して頑張っているという志は共通ですね!」
当日会場で観戦されていた吉村真晴選手(撮影:竹見脩吾)
いよいよ、日本パラ卓球界のエース・岩渕幸洋選手の登場です。岩渕選手は生まれつき両足首に障がいがあり、左足に装具を付けてプレーします。決勝進出をかけて戦うのは、オーストラリアのマ・リン選手。北京、ロンドンパラリンピックの金メダリストという強者です。
撮影:竹見脩吾
撮影:竹見脩吾
観客席には岩渕選手の応援団が駆け付けており、オリジナルの横断幕を掲げ、お揃いのTシャツを着てワンプレーごとに大声援を送っています。また、コートサイドには6台のテレビカメラや多くのスチールカメラを持ったメディアが陣取り、岩渕選手への期待の高さがうかがえます。
撮影:竹見脩吾
試合は1セット目をマ・リン選手に先取されたものの、すかさず2セット目を岩渕選手が取り返しますが、第3セット、第4セットを連取され、惜しくも敗れてしまいました。
結果は個人戦3位となりましたが、試合中の闘争心溢れる戦いぶりに、観客の皆さんも会場一体となり、熱くなれたはずです。
普段通りに力を発揮することが課題
試合が終わったばかりの岩渕選手にお話を聞くことができました。
平井理央さん(以下、平井):7月23日から台湾中部・台中市で開催されたアジア選手権から今回のジャパンオープンと大きな大会が続いていますが、今日の結果を踏まえて自分の中で得た収穫と課題を教えてください。
岩渕幸洋選手(以下、岩渕):技術的にはいろいろなことができるようになり上達している部分はありますが、大事なのはプレッシャーがかかる中でどれだけ力を発揮できるかということ。今日は、それができなかったということです。アジア選手権でマッチポイントを取ってからのプレーもそうでした。今回、いつもと違っていろんな人が見に来てくれましたし、メディアの方も来てくださって、東京2020大会をイメージしながらプレーすることができました。そのような状況のなかで、日頃できていることをどれだけ普段通りにできるかというところが今後の課題だと思います。
平井:今日は普段の自分の力をどれくらい出せましたか。
岩渕:うーん、半分ですかね。
平井:たくさんの応援があって人の目も多くプレッシャーもあるというなかで、普段のパフォーマンスを発揮するために何が必要になってくると思いますか。
岩渕:アジア選手権、そして今日の試合経験をしっかり自分の中で整理をし、日頃の練習から常に試合のイメージをすることが大事だと思います。今回、こうやっていい経験ができたので、このイメージを忘れずにやっていきたいです。
平井:海外の選手とも話をされている姿を見かけましたが、どんなお話をされていましたか。
岩渕:「今日は2時間しか寝られなかった」とか、「時差ボケで寝てない」というような話をしていました。僕たちがヨーロッパで試合をする時は毎回そういう状況なので、環境面でも日本で開催するというのはすごく有利なんだなと実感しました。
撮影:竹見脩吾
平井:いよいよ1年後にパラリンピックがやってきています。今回、この大会で本番のイメージが掴めたという話もありましたが、今後どのように自分の道筋をつけていきたいと考えていますか。
岩渕:今回の大会で東京2020大会の出場を決めることができなかったので、これから3月までは代表権を獲得するということを第一の目標にやっていきます。残りの期間、“もしかしたら代表になれないかもしれない”というプレッシャーの中で試合ができるというのは、本番を想定したメンタル面でステップアップできるチャンスだと捉えています。今後も守りに入らず、どんどん試合に出場し、ランキングを少しでも上げられるようにしていきたいです。
平井:試合を観戦して、パラ卓球は迫力もあるし、一試合一試合がユニークというのか、戦術と戦術のぶつかり合いが面白いなと感じました。選手側からすると、パラ卓球のこういうところを見て欲しいというのはどんなところでしょうか。
岩渕:パラ卓球のように、足に障がいがあったり、手に障がいがあったり、全く違う部位に障がいがある選手同士が戦う競技は少ないです。そのなかで自分の色を出すというところ、それぞれの選手が個性豊かで、いろんな人がいる分、いろんな卓球があってまさに十人十色。その中でお互いが駆け引きをしているのを知っていただけたら、パラ卓球を面白く見ていただけるのではないでしょうか。
平井:岩渕選手自身はどういうところを見て欲しいですか。
岩渕:僕は卓球台に近づいてのスピーディーなプレーが持ち味です。そのようなピッチの速さを一番見て欲しいです。
平井:プレー中、思考整理の仕方やメンタルの持っていき方が難しそうだなと思ったのですが、その辺はどういうことを意識してプレーしているのですか。
岩渕:僕が一番意識しているのは、力を抜くことです。どちらかというと僕は力が入り過ぎてしまって、終盤になるとボールが跳んでいかなくなってしまうので、速いボールや思い切ったプレーを挟みながらどこで力を抜くか、自分の身体のバランスをとりながらやっています。
撮影:竹見脩吾
東京2020パラリンピックの目標は金メダル以上!
平井:2月にスロバキアに武者修行に行かれましたよね。そこで得たものは、試合にどのように活きていますか。
岩渕:スロバキアでは卓球台も違えば床も全く違うという、いろんな環境でプレーしました。日頃ワールドツアーや国際大会に参戦していますが、スロバキアでの練習のおかげでイレギュラーなことがあっても受け入れられるようになったというのはあります。
平井:スロバキアでは気に入った料理はありましたか。
岩渕:あまりおいしいものはなかったです(笑)。海外に行く時はいつも日本食を持って行くのですが、その時は長期間だったので現地の物を食べるようにしていました。そのおかげか、それ以降の大会では現地の食事も自然と受け入れられるようになりました。そういうのも試合ではプラスになっているようで、以前は試合に行くと早く帰りたいという気持ちでしたが、今はずっといられる。そのような気持ちの落ち着きがで試合ができるようになりました。
平井:海外に対する恐怖心が薄くなったのですね。
岩渕:アウェー感がなくなりましたね。
平井:それは大きいですよね。来年のパラリンピックはアウェーではなく、東京というホームでの開催となります。大会に対して思い入れや心に期すものがあると思います。改めて東京2020大会での目標を聞かせてください。
岩渕:目標は金メダル以上です。
平井:金メダル以上ってあるんですか。
岩渕:金メダル以上はないです(笑)。目標のその先を見ないと目標を達成するのは難しいと、メンタルコーチの指導にありました。2016年に開催されたリオデジャネイロパラリンピックは出場することが目標でしたので、出場したが全然自分のプレーができなかったという経験があります。ですので、金メダルのその先を見るということを意識してやっています。
平井:東京2020大会が終わった後、パラスポーツがそこからどう広がって行くのか、というところはすごく大きなことだと思います。こういうふうになったらいいなと思い描く理想はありますか。
岩渕:金メダルを取ることで、その先のパラスポーツの発展に役立てたい。金メダルはそのための手段だと思って、今後頑張っていきたいなと思います。
平井:初めてお会いしたのは2016年でした。その時は「パラ卓球界の中で若手のホープ」という感じでしたが、ここ2、3年で日本のパラ卓球のエースとして、パラ卓球を引っ張っていくという強い気持ちが生まれているのを感じるのですが、何が岩渕選手を変えたのですか。
岩渕:僕の中では、別所選手がいる限り永遠の若手だと思っています(笑)。ありがたいことにいろんなところで注目をしてもらい協力もしていただいているので、自分もそれに応えたいという気持ちです。今後も自分が先頭に立ち、継続して結果を出して皆様の期待に応えていけるように頑張っていきたいと思います。
平井:注目されてきたことが自分の意識を高めたと同時に、やらなくてはという気持ちに繋がっていったということでしょうか。
岩渕:はい。今日もこんなにたくさんの人が来てくれて驚きました。そういうところにしっかり応えていかないといけないと思っています。
平井:これからの益々のご活躍に期待しています!お疲れのところありがとうございました。
撮影:竹見脩吾
【取材後記】
今回、初めてパラ卓球の公式試合を観戦したのですが、パラ卓球は大胆でスピーディーな一方、戦術的にすごく繊細でプレーに魅了されました。車いすの選手や義足の選手、杖で身体を支えている選手等、パラ卓球には本当にいろいろな障がいを持った選手がいます。観戦していると、各選手が障がいと向き合いながら、相手とどう戦えばいいのかを考えて戦術を練っているのがわかってきたような気がします。今大会は東京開催ということで観客も多く、エースである岩渕選手はプレッシャーがかかっているのではないかと思いながら観戦させていただきましたが、そうした声援に応えられるようにいろいろな事に挑戦していく岩渕選手へ、今後も注目していきたいと思います。
【補足:東京2020パラリンピック日本代表選手選出方法について(パラ卓球)】
出場権を得るには大陸別選手権大会での優勝(台湾アジア選手権 すでに終了)、または国際大会を転戦して勝利ポイントを稼ぎ、2020年3月の時点で定められた世界ランキング順位に入ることが条件となる。
撮影:平井理央
Profile
岩渕幸洋(いわぶちこうよう)
1994年12月14日生まれ。 両足首に先天性の障害があり、左足膝下に装具を使用してプレーをする。クラスは9。中学1年の時に卓球を始め、中学3年でパラ卓球と出会う。早稲田大学4年時にリオデジャネイロパラリンピックに出場するも結果を残せず、東京での雪辱を誓う。協和キリン株式会社の卓球部に所属し、プロ選手として活動中。