トラベル&ライフ10-11月号の特集「よみがえる天平のロマン」では、『ぬり絵天平文様』(創元社)『よみがえる天平文様』(光村推古書院)などの著者である藤野千代さんにお話をうかがい、天平文様について紹介したが、ここでは の天平文様に対する思いをクローズアップしたい。
奈良女子大学卒業後、三菱電機(株)研究員、奈良女子大学特任教授等を経て、現在は経済産業省関連機関に所属する藤野さん。2006年から正倉院宝物に施された文様のデザイン化に取り組んでいる。
藤野さんが天平文様に興味を持ったのは、2003年に奈良女子大学に着任してからのこと。まだ国立大学が法人化される前ではあったが、国立大学は社会貢献活動を第三の使命としていたという。そのため、藤野さんは奈良という地で何ができるか、奈良だからこそできることは何かと熟考を重ねていた。
天然酒酵母で清酒を造るプロジェクトを一緒に行った醸造蔵元今西清酒兵衛商店と完成品「春鹿 奈良の八重桜」
そんな時に天然酒酵母から清酒を作るプロジェクトを発案し、リーダーとなったのがきっかけで、パッケージデザインを手掛けることになった。
デザインの参考になればと百貨店を巡っていた時に気づいた。ヒントになったのは、バーバリーやダックスのタータンチェック。スコットランドで17世紀に生まれた格子柄で、19世紀には家柄ごとにお揃いのチェック柄をまとっていたものだ。
「時代によって多少アレンジはされていますが、誇りを持って受け継がれてきたものがあります。それを見た時に、その土地のデザイン...奈良にあったじゃないかと思い、ハッとしました」
それが天平文様だった。急いで正倉院宝物を奈良国立博物館図録で確認すると丁寧な保管により十分な文様が認識できた。
「頭の中で文様に色彩を落としていくと、なんともわくわくした気持ちになりましたね」
その土地で出会った素敵なものを購入するのは、旅先での楽しみのひとつという藤野さん。奈良の土産物がさまざまに彩色された天平文様をまとっていたら...そんな思いから文様のデータ化を行っている。
これまでコラボした企業は、地元・奈良を中心に30社を数える。老舗の和菓子店から名門ホテル、アパレルと実に多彩だ。
「奈良のかすていら」の華やかなパッケージ
数あるなかでも特に思い出深いのが、創業80余年を誇る菓子店「祥楽」と奈良女子大学の学生によるコラボ商品「奈良のかすていら」のパッケージだという。
デザインの参考にしたのは、正倉院宝物の一つ「緑地彩絵箱」。
ちなみに、「奈良のかすていら」は、米粉の生地に細かく刻んだ奈良漬が入ったもので、生地のモチモチ感と餡の甘み、奈良漬の風味のバランスが絶妙と評判だ。
1300年以上の時を超えて天平文様をデータ化できるのも、元になる宝物が大切に守られてきたからこそ。世界の多くの遺跡が長い間、土に埋もれていた発掘品であるのに対して、正倉院宝物は人から人へ受け継がれてきたものだ。そのため奇跡の博物館といわれている。
「正倉院は奇跡の博物館と言われますが、奇跡ではなくてしっかりと人が守りぬいてきたわけです。先達が永く守り伝えてきたものを、今を生きる私たちが愉しみつつ、次の世代へと渡していければと思っています」