カッパやザシキワラシなどの妖怪、山の神などが登場する不思議な世界。懐かしく、そしてどこか悲しく、大人から子どもまで心惹かれる『遠野物語』。これは、明治43年(1910年)に、日本民俗学の父といわれる柳田國男が、岩手県遠野出身の民話蒐集家であり小説家である佐々木喜善が語った地方に伝わる昔話や民話をまとめた一冊だ。
今もなお、物語の風景が残る遠野。今回は、物語の舞台となった場所や、物語の世界を体感できるスポットを紹介しよう。
曹洞宗の寺院 常堅寺に佇むカッパの狛犬
『遠野物語』にいくつも登場するカッパ。常堅寺の裏を流れる小川の淵にはカッパが住んでいたといわれ、「カッパ淵」と呼ばれている。遠野のカッパは緑色ではなく赤色で、人や馬を淵に引きずり込むなどのいたずらをしていたといわれている。
茂みに覆われ清らかな水が流れる「カッパ淵」は、今にもカッパが出てきそうな雰囲気だ。きゅうりを吊るしてカッパが来るのを待つのもおもしろいだろう。また、常堅寺の頭が皿のようにくぼんでいるカッパの狛犬も必見だ。
早池峯神社
ザシキワラシは岩手県を中心に伝わる子どもの精霊だ。ザシキワラシが住み着いた家は繁栄し、また見た人にも幸運が訪れるといわれている。
「早池峯神社」は、古くから「神が棲む山」として崇められている早池峰山の麓に立ち、遠野三山の神霊を祀る神社だ。ザシキワラシともゆかりがあり、毎年4月下旬に「座敷わらし祈願祭」を開催。大同元年(806年)に建立された歴史あるもので、杉や桧の大木に囲まれ、神秘的な空気の中を歩いていると、どこからともなくザシキワラシの笑い声が聞こえてきそうだ。
伝承園の御蚕神堂
『遠野物語』の中に馬と美しい娘の悲恋の言い伝えが記されている。この話の結末では、天に昇った娘がオシラサマとなり、残された父親に蚕をさずけ、それが養蚕の由来となっている。オシラサマは、養蚕の神、馬の神、眼病の神として祀られてきた家の神だ。御神体は、1尺(30cm)ほどの桑の木に馬の頭、人間の女性の頭を彫り、中央に穴を開けた布を重ねており、遠野では馬と女性2体1組のものが多いという。
「伝承園」の御蚕神堂(おしらどう)では千体のオシラサマを展示。色とりどりのオシラサマが並ぶ様子は圧巻だ。
続石
そのほか、古代人の墓、または武蔵坊弁慶が持ち上げて作ったともいわれる奇石「続石」や、その昔60歳を過ぎた老人たちが家を出て共同生活を送っていたという「デンデラ野」、200年以上前に起こった大飢饉による多くの犠牲者を供養するために、大慈寺の義山和尚が天然の花崗岩に五百体の羅漢像を彫ったといわれる「五百羅漢」、赤い布を左手だけで結ぶことができれば恋が成就するという縁結びの神様「卯子酉神社」などが点在。『遠野物語』の世界を今に伝えている。
卯子酉神社
『遠野物語』を手に物語のゆかりの地を巡っていると、長い歴史の中で自然とともにまた自然の一部として、人々がどんな暮らしをしていたかを実感することができるだろう。
妖怪や精霊、山や里の神と共存するまち遠野は、平成22年に世界妖怪協会によって、「怪遺産」に認定された。