トラベル&ライフ2022年8-9月号の「家族で楽しむ全国・体験旅行」では、佐賀県吉野ヶ里町とその周辺にある注目の施設をご紹介した。誌面では紹介しきれなかったものの、この地域には、長い歴史を秘めた郷土民芸がある。吉野ヶ里町に隣接する神埼市の尾崎地区で、700年以上にわたり受け継がれてきた「尾崎人形」だ。その魅力を知るべく、尾崎人形がつくられている「尾崎人形工房」にうかがった。
「尾崎人形工房」で出迎えてくれたのは、代表の髙栁政廣さんと、継承者として「尾崎人形保存会」に所属している城島正樹さん。現在はお二人が中心となり、尾崎人形の制作にあたっている。
髙栁さんが身につけているはっぴには、尾崎人形の可愛らしいイラストと、「ててっぷう」という文字が印刷されている。「ててっぷう」とは、尾崎人形の代表格である白い鳩笛のことで、地域の人々は、親しみを込めて鳩笛を「ててっぷう」と呼んでいるそう。
工房内を見渡すと、さまざまな形状の尾崎人形が目に留まる。もっとも多いのは鳩の形をしたものだが、そのほかにも馬や人、佐賀のシンボルであるカチガラスやムツゴロウの形をしたものなどがあり、尾崎人形のあり方は柔軟であることが分かる。
言い伝えによると、尾崎人形が生まれるきっかけとなったのは、弘安4年に起きた「元寇」。元寇の後、尾崎地区に住み着いた蒙古人が人々に焼き物の技術を教え、これを機に尾崎人形が生まれたといわれている。「農閑期を迎えると、田んぼから焼き物に適した土が取れていたようで、人々はこれを使って火鉢や屋根瓦といった生活雑貨をつくるようになったそうです。余った土で娯楽のようなかたちでつくられるようになったのが、尾崎人形だといわれています」と、城島さん。
また、生活必需品ではないものの、長らく尾崎人形が愛されてきた背景には、こんなエピソードがあるという。「かつては『土笛を吹いて遊ぶと、お腹の虫が下る』といわれており、そうした理由から尾崎人形にも笛になっているものが多くみられます。尾崎人形は、子どもの遊び道具であり、お守りのようなもの。子どもの健康を願う人々にとって縁起物であった点も、尾崎人形が大切にされてきた理由の一つでしょう」
尾崎人形は、一つ一つ丁寧に手作りされている。まず、型に土をはめ込んで形状を整えた後、専用の焼き窯で一晩かけて土を焼き上げる。その後、絵の具で真っ白に塗り上げ、赤と黄、青色などで色付けしていく。最後に黒い絵の具で目を入れたら、完成だ。
丸いフォルムと愛らしい顔、「ホー、ホー」という温かみのある音色は、人の心をほぐしてくれる。また、形や模様が同じであったとしても、それぞれどこか表情が異なるのも、尾崎人形の持ち味だ。「尾崎人形の顔には、色付けした人の個性や心の状態がにじみ出るものですよ」と、城島さん。「尾崎人形工房」では人形の絵付け体験もできるため、自ら手がけた世界で一つだけの品が欲しい方は、工房を訪問してはいかがだろう。
尾崎人形工房
https://www.osaki-ningyo.net
0952-53-0091