トラベル&ライフ2022年6-7月号の特集「中伊豆で楽しむ大人の夏休み」で取り上げた、静岡県の特産品のワサビ。天城山の豊かな湧き水で育てられた伊豆のワサビは品質が良く、首都圏をはじめとする市場関係者からも高い評価を得ている。
「石庭わさび園」のワサビ田
ワサビ田には澄んだ湧き水が絶え間なく流れる
特集の中でもふれたが、伊豆で良質なワサビが生産できるのは、その栽培方法にも大きな要因がある。それは「畳石式」と呼ばれる栽培方法で、伊豆地域で開発された。もともとワサビ栽培は江戸時代の慶長年間(1596~1615)に静岡市有東木(うとうぎ)地区で始まったといわれ、伊豆地域に伝わったのは18世紀中期。その後、19世紀後期にこの「畳石式」が開発された。
「畳石式」は沢の下層に石、中層に砂利、上層に砂を積み上げた複層構造で、沢そのものがろ過装置のようになっており、ワサビの根が張りやすく、栄養分や酸素を取り込みやすくなる利点がある。そのため、畳石式が主流となって以降、病気に強く、根茎が大きい良質のワサビが育つようになったという。この伝統的なワサビの栽培方法は、平成30年に「静岡水わさびの伝統栽培」として世界農業遺産に認定された。
ちなみに、この世界農業遺産は国際連合食糧農業機関(FAO)により認定されるもので、現在までに継承されてきた独自性のある伝統的な農林水産業とそれに深く関わって育まれた文化や風景などを未来に繋げ、農村地域の復興・活性化を図るもの。日本では「静岡水わさびの伝統栽培」のほか、岐阜県長良川上中流地域の「清流長良川の鮎-里川における人と鮎のつながり-」や新潟県佐渡市の「トキと共生する佐渡の里山」など合計11地域が認定されている。
ワサビ田を観光客でも間近に見ることができるのが、伊豆市にある「石庭わさび園」。自家栽培したワサビで作る加工品が評判の「わさびの大見屋」の主人・浅田譲治さんが、「ワサビ田を歩いて、ワサビに親しんでほしい」と開園した。ワサビ田を見るだけでなく、6月から7月上旬にはワサビの収穫体験もできる。さらに年間を通してチャレンジできるわさび漬けづくりも人気で、新鮮なワサビと大吟醸の酒粕で作るワサビ漬けは絶品と評判だ。
「石庭わさび園」に併設する体験施設
施設内にはワサビについて学べるパネルがある
「畳石式」を図解したボード
本誌でわさび丼を紹介した「わさび園かどや」もワサビ栽培は「畳石式」を用いている。ご主人でわさび農家4代目でもある稲葉伸晃さんに特別にわさび田を見せてもらった。案内してくれたのは、店から車で10分ほどの深い山中にあるワサビ田。ワサビ田には絶え間なく澄んだ水が流れている。
稲葉さんが育てたワサビ
ワサビの茎をかき分けると大きなワサビがある
「畳石式の栽培は水量がないところではできない方法。また、畳石式の石や砂を積み上げる技術が必要ですし、この技術を持つ人も少なくなっています」と稲葉さん。
ワサビ栽培の難しさは水量の調節だという。
「最近はゲリラ豪雨で短時間に一気に降ることも多く、台風、日照りもあり、天候は常に気にかけています。特に苗を植えて3カ月くらいはまだ根が張っていないので、水量が増すとワサビが流されてしまいます。そうならないように夜中でもやってきて、ワサビ田に流れる水量を調整します」。
「わさび園かどや」の生ワサビ付きわさび丼ぶり
おろしたての生ワサビをご飯にのせていただく
丹精込めて栽培した自慢のワサビの風味を楽しめるのが、名物のわさび丼だ。ご飯にたっぷりのカツオ節をのせ、おろしたてのワサビを中央にのせた一品。シンプルなだけに、ワサビの風味が重要になる。稲葉さんが思うおいしいワサビは、「香り、辛み、甘みの三拍子が揃ったもの。さらに、粘りと色の5つが揃えば完璧」とのこと。稲葉さんが丹精込めて育てた自慢のワサビを味わいに行こう。