糖分が結晶した白い粉に覆われ、透明感のあるあめ色の果肉。一口食べれば、もっちりとした食感と上品な甘さに魅了される。干し柿には国内でもいくつか種類があるが「市田柿」のそのおいしさは格別。高級菓子に位置づけられている。
白い粉をまとい形のよい「市田柿」
長野県は干し柿の出荷量全国一位で、県内産の干し柿のほとんどが南信州で作られる「市田柿」だ。現在の長野県下伊那地域では600年以上前から渋柿の栽培が行われており、「市田柿」は、現在の高森町市田地域で栽培していたことから名付けられた品種で、これを干し柿にしたものも「市田柿」と呼ばれている。干し柿は江戸時代から作られており、南信州では穀物に次いで干し柿の収入が多かったため、干し柿にも年貢がかけられたという。
市田柿の木と南アルプス
干し柿の「市田柿」の出荷が始まったのは大正10年(1921年)のこと。それまでには、すでに柿の産地として知られていた山梨県や岐阜県などを視察し、干柿の商品化への研究が重ねられていた。昭和27年(1952年)には、長野県が奨励品目に取り上げ、その後も柿の苗づくりや接ぎ木技術を発展させ、市田村から周辺地域へ苗木を広めることで、「市田柿」の生産は拡大していった。平成28年(2016年)には長野県初のGI(地理的表示)に登録。南信州の魅力を発信する地域ブランドにまで成長した。
収穫の様子
「市田柿」は、5月終わり頃に柿の花が咲き、6月から8月には余分な実を取り除く「摘果」を行い、10月末から11月にかけて程よく色づいた実を見極めて収穫をする。
柿を糸に吊るす作業
その後皮をむき、柿と柿とが触れ合わないように間をあけて専用の糸に吊るしていく。これが、南信州の秋の風物詩「柿すだれ」である。かつては、軒下など吊るしていたが、現在出荷する「市田柿」は衛生上から屋外に吊るすことなく、風通しのよい屋内で乾燥させるという。
かつては、家の軒先などに吊るされていた「柿すだれ」
1ヶ月ほど、35%ほどの重さになるまで干し上げると、「柿すだれ」から外し、水分を様子を見ながら天日に干し、柿の水分を押し出してしわがなく、きれいな白い粉を出すために柿もみが行われる。かつては、柿の皮むき、柿もみなどの作業はすべて手作業だったが現在は機械化され、徹底した衛生管理のもとに「市田柿」が作られている。
南アルプスと中央アルプスに囲まれた豊かな自然に恵まれ、人々のたゆまぬ努力により、全国的にも知られるようになった高森町発祥の「市田柿」。食物繊維やビタミンも豊富、そして糖度65~70%といわれる天然の上品な味わいは、一度食べたら忘れられない味として、多くの人に愛されている。