夏の夜、暗闇の中小舟のかがり火があたりを照らし、伝統装束を身にまとった鵜匠が鵜を操りアユを獲る。鵜飼の幻想的な風景は、日本の夏の風物詩として知られている。なかでも「ぎふ長良川の鵜飼」は、小瀬鵜飼(関市)とともに皇室御用の鵜飼であり、日本三大鵜飼の一つに数えられている。
かがり火の下、目の前で漁が行われる「狩り下り」
鵜飼は鵜を使ってアユなどを獲る漁法で、『古事記』や『日本書紀』にもその記述があり、1300年以上もの歴史がある漁法だ。戦国時代には織田信長が鵜匠という地位を確立し、鵜飼を保護。その後、時の権力者たちにも保護され、松尾芭蕉など多くの文化人に愛されてきた。明治時代には、存続の危機を迎えるものの、宮内省(現在の宮内庁)に庇護を申し出て、長良川流域の3か所を「御猟場(現在の御料場)」と定め、この地域の鵜匠は宮内省主猟寮に所属することとなった。現在、「ぎふ長良川の鵜飼」の鵜匠6名は宮内庁式部職鵜匠に認定され、活躍している。
鵜匠たちは、鵜と家族のような信頼関係を築いているという
鵜の飼育や魚を獲る訓練など、鵜匠の仕事はたくさんあるが、その中で重要な技の一つに数えられるのが、漁の前に行われる「首結い(くびゆい)」だ。これは、鵜の首の付け根あたりを結い、小さな魚は首を通って鵜が食べられるように、また大きな魚は首で止まるようにするもの。また、首の後ろから羽根元を通してお腹に「腹掛け」を行い、「首結い」がずれるのを防ぐ。これらの加減は、すべて長年の経験に基づいて行われるもの。首結いによって漁獲量が変わるため、まさに鵜匠の腕の見せ所だ。
鵜匠は鵜舟に乗り込むと、最大12本の手縄を左手にとり、「手縄(たなわ)さばき」で、鵜の動きをコントロールして、漁を行う。そして、捕らえた魚を吐け籠に出させたり、かがり火に薪を足すなど、とても忙しく動いている。そんな中でも鵜匠は、鵜から目を離さず、鵜を励ますために「ほうほう」と声をかける。そして鵜もその声を聞きながら、アユを獲っているのだ。
水上で鵜飼を楽しむ風情ある鵜飼観覧船
「ぎふ長良川の鵜飼」は、毎年5月11日から10月15日※まで、鵜飼休み(令和3年は9月21日)、増水等により実施できない場合を除き開催されている。「鵜飼」の様子は、川岸からも見ることができるが、より近くで「鵜匠」の技を見るのなら鵜飼観覧船がおすすめだ。
「ぎふ長良川の鵜飼」は川の状況により、鵜飼観覧船が鵜舟と並走する「狩り下り」、または川岸に停泊した観覧船から鵜舟を見る「付け見せ」が行われ、鵜匠の技、鵜の様子を間近で楽しむことができる。クライマックスは、再び川を上った鵜舟6艘が川幅いっぱいに広がり、同方向へゆっくり下りながら漁をする「総がらみ」。暗闇の中にかがり火が揺れる鵜舟が並ぶ様子は圧巻だ。はるか悠久の時を超え、今に続く幽玄の世界を存分に楽しめる。
長良川の鵜飼漁の技術は国の重要無形民俗文化財に、長良川鵜飼観覧船の造船技術、操船技術は市の重要無形民俗文化財に登録されている。
鵜がくわえるとアユが瞬時に死ぬため、鮮度がよいといわれる
※今年は新型コロナ感染症の感染拡大状況によって変動。