長野県上伊那郡辰野町に小野という地域がある。小野は、かつて初期中山道と南北に通じる伊那街道の交差点として栄えた宿場町だ。元治元年(1864年)創業、150年以上もの歴史を誇る酒蔵、小野酒造店もこの場所にある。
島崎家より公認を得た『夜明け前』
小野酒造店から島崎藤村の『夜明け前』の名前をもつ日本酒が誕生したのは、藤村生誕100年であった昭和47年(1972年)のことだ。小説の主人公である青山半蔵のモデルとなった藤村の父・島崎正樹が小野に逗留するなど、深い交流があったことから、藤村の嫡子藤村記念館初代理事長・島崎楠雄氏から『夜明け前』を使用する許可を得た。
そのとき、楠雄氏より「夜明け前の名をつけて販売するにあたって約束してほしい。命に代えても本物を追求する精神を忘れることなく、一生を通じて味にこだわって営業してほしい。私は商売や酒造りのことはよくわからないが、天下の『夜明け前』として堂々と、日本酒をご愛飲されている方のために真心を伝えて頑張り、酒を通じて世の中に貢献していってほしい 」という言葉をいただいたという。50年近くたった今も、その思いは受け継がれ、小野酒造店の酒造りのスピリットとなっている。
「常に高みを目指す」と語る清都幸大杜氏
小野酒造店があるのは、標高810m。霧訪山から清らかな名水が湧き出すこの地は、酒造りには最もふさわしい場所だといえるだろう。そして特筆すべきは酒米へのこだわりだ。特定名称酒は、ほとんどの銘柄で兵庫県小野市下東条産、三木市口吉川産の山田錦特等米を使用。
そもそも山田錦は大吟醸といった鑑評会などの出品用の酒に使用されるもので、純米酒や特別本醸造酒といった一般的な日本酒に使用している酒蔵は少ない。清都幸大杜氏(きよとゆきひろ とうじ)も「最高級米をこれだけの量扱ってお酒を造るというのはなかなかできない経験です。造り手として、最高の条件をいただいている。造り手冥利に尽きます」と語る。そして山田錦以外でも、地元長野県産の美山錦、金紋錦など、すべてのお酒に酒造好適米を使用し、毎年最高の酒を目指して酒造りが行われている。
季節限定の商品などラインナップも豊富
『夜明け前』が目指すのは、「上品な華やかさがあり、口当たりがまろやかで、なおかつ切れがある、もう一杯飲みたくなるようなお酒」だと言う。その味わいを求めて研鑚を積み、山田錦を採用したり、積極的に新しい設備の導入を図ったり、長い道のりの中で大きな決断をしてきた。そして毎年名作の名にふさわしい味わいが完成し、地元をはじめ多くの人々に愛されて来ている。
秋の夜長、名作『夜明け前』とともに、その名をもつ銘酒の味をぜひ楽しんでみたい。