長野県の名物でまず思い浮かべるのは「信州そば」ではないだろうか。長野県の冷涼で水はけのよい山地では、良質なそばを収穫することができるため、「信州そば」の名は古くから全国的にも知られ、多くの人に愛されてきた。
「信州そば」とは、一般的には長野県で作られ食べられている「そば」の総称だが、ひと口に「信州そば」といっても、作り方や食べ方によってさまざまだ。多彩な味わいの「信州そば」が楽しめることは意外と知られていない。
「行者そば(高遠そば)」 写真提供=(一社)伊那市観光協会
辛味大根のおろし汁に焼き味噌をといたつゆ(辛つゆ)にそばをつけていただく「行者そば」は、伊那市に伝わる「信州そば」で、市内にあるそば店で味わうことができる。
奈良時代初頭、修験道の開祖である役小角(えんのおづぬ)が駒ヶ岳に登る途中、内の萱(伊那市荒井の地区)の村人から温かいもてなしを受けたお礼に置いていったのが、寒冷地でも育つそばの実だった。村人たちはこれを大切に育て信州全体に広めていったことから、内の萱は「信州そば発祥の地」として知られるようになった。
江戸時代には高遠城の殿様の大好物が「行者そば」だったことから評判が広まり、大勢が内の萱におしかけたため、「西駒登山を修める者以外行者そばを食べることはできない」ことになったという。また、高遠藩主の保科正之公もそば好きで知られ、山形の最上藩、福島の会津藩へ転封する際、江戸へ詰めた際も好んで「信州そば」を食べ、各地に辛つゆそばを広めたといわれる。現在も福島では、高遠から伝わった辛つゆでいただく「高遠そば」が親しまれている。福島から里帰りした「高遠そば」。ぜひ、誕生の地・伊那市で楽しんでみたい。
「とうじそば」 写真提供=長野県農政部
「とうじそば」は、野麦街道沿いの奈川(松本市)地区に伝わるおもてなし料理だ。小分けにしたそばを竹製の「とうじかご」に入れて、季節の野菜やきのこ、山菜、鶏肉などを鉄製の鍋でたっぷり煮込んだつゆに浸してさっと湯がき、そばが温まったらお椀に盛り付ける。「とうじそば」の「とうじ」とは、「湯じ」(そばを温かいつゆに浸し温める)、または「投汁(とうじ)」(つゆに投じる)などが語源になっているといわれる。
「すんきそば」 写真提供=(一社)木曽おんたけ観光局
木曽地方に伝わる「すんきそば」は、古くから保存食として作られていた「すんき」を温かいかけそばの上にのせたそばのこと。「すんき」は木曽の伝統野菜である赤カブの葉を無塩で乳酸発酵させた冬の保存食で、シャキシャキとした歯ごたえと独特の酸味が特徴。つゆとの相性もよく、くせになるおいしさだ。
「戸隠そば」 写真提供=(一社)戸隠観光協会
島根県の出雲そば、岩手県のわんこそばとともに「日本三大そば」のひとつとされている「戸隠そば」(長野市戸隠)も有名だ。そばの甘皮を取らずに挽いた「挽きぐるみ」を使用し、「一本棒、丸延ばし」という打ち方でそばの美味しさを引き出す。ゆでたそばは水切りをせずに丸めて小分けに盛り付ける「ぼっち盛り」にするといった特徴がある。
そのほか、各地にバラエティ豊かな「信州そば」があり、さまざまな味わいの「信州そば」が食べられる。「信州そば」の世界は知れば知るほど奥が深いのだ。 長野県では10月になるとそばの収穫が始まり、新そばの季節がやってくる。ぜひこの時期、さまざまな味わいの「信州そば」を楽しみ、その土地土地の文化や歴史に触れてみるのもおもしろいだろう。