刺繍文化が根付くハンガリー。その中でも、この国を代表する『カロチャ刺繍』と『マチョー刺繍』の魅力を、知られざる誕生秘話をまじえてご紹介します。
ハンガリー南部の町カロチャ(Kalocsa)で紡いできた『カロチャ刺繍』。 特にレース地に彩られたデザインはみごと。当地の名産品であるパプリカなどの植物がモチーフになっています。 その始まりは、今から150年以上前。セイドレル家の女性たちが生んだと伝えられています。 当初は、染色技術が未発達だったため、白い糸で刺繍しただけのシンプルなカットワーク。でも、きっと素敵な作品だったのでしょう。その白糸刺繍は、カロチャ女子たちの間で流行したそう。
その後、黒や青、赤、紫などの色が加わり、少しずつカラフルに。19世紀後半には、緑や黄色、ワインレッドなどの色も登場し、華やかさが増していきました。 その色彩の豊かさから、Cifra Kalocsai(チフラ カロチャイ)の言葉も生まれます。これは、刺繍に使われる32色の総称。その鮮やかな色使いが、カロチャ刺繍の魅力なのです。 カロチャ刺繍は、オシャレの楽しみとして母から娘へと紡いで繋ぎ、発展していきました。現在は、家具や陶器などにもその色とデザインが用いられ、ハンガリー柄として人気を集めています。
2012年にユネスコ無形文化遺産に登録された『マチョー刺繍』。世界に認められたハンガリー文化なのですが、カロチャ刺繍と混同されることもしばしば。一見似ていますが、どこが違って、何がすごいのでしょうか。
その大きな違いは、民族の関わりにあります。この刺繍は、ハンガリー東部に位置するメズークヴェシュド(Mez?kovesd)を中心にマチョー族の人々が200年もの間、継承してきた伝統技。 その図案の特徴は、ハンガリーで神聖な花として尊ばれている『シャクヤク(Pünkösdi rózsa)』。当地では、通称『マチョーのバラ』と呼ばれているほど、この刺繍には欠かせません。この花こそがマチョー刺繍のシンボルなのです。
布いっぱいに敷き詰めるように丹念に施された刺繍は、とても豪華。そのデザインは、この民族の性格が関係しているんだとか。その証拠に、こんな詩が残っています。
Ragyogok mindenkor,(私は、いつもキラキラ輝く)
Koplalok früstükkor,(朝食時間は、お腹ペコペコ)
Ebédkor nem eszek,(お昼ご飯は食べません)
Vacsorára lefekszek.(夕食時には眠ってる)
これは、見た目は華やかだけれど、ろくに食事もできない生活を送る「見栄っぱり」な様子を皮肉って詠んだもの。
実は、100年ほど前のマチョーは、貧しい地域の一つでした。その原因が、この刺繍だったのです。
かつては金や銀糸など、キラキラ輝くものをたっぷり使い、多くの財産をファッションに費やしていました。その派手好きが災いし、生活を圧迫。
それを見かねた司教が、教会の前で高価な糸などを燃やし、余計な装飾を禁止。この本末転倒な暮らしに終止符を打ったそうです。
もしあの時に止めていなければ、歴史はどう変わっていたのでしょうか。空腹では、美しいマチョー刺繍を現代まで受け継ぐことはできなかったかもしれませんね。
女性たちの喜びを紡いだカロチャ刺繍、伝統の技と民族の誇りが詰まったマチョー刺繍。ハンガリーにご旅行の際は、ぜひ本物を手にとって、その美しさと歴史の重みを感じてみてくださいね。