カフェの町として知られるウィーンでは、ハプスブルク帝国時代の栄華を現在に伝える独特のカフェの伝統が、世界無形文化遺産に指定されています。
今回ご紹介するのは、そんなウィーンのカフェの中でも通好みのカフェ・シュペール。創立当時からの歴史と伝統を重んじ、常連客を大事にする昔ながらのカフェです。
ここは立地として、ウィーン第三のオペラ座アン・デア・ウィーン劇場や、美術アカデミー、旧陸軍大学校が近く、アーティスト、劇場関係者やオペラ歌手、ウィーンフィルのメンバー、政治家や軍人、作家などのたまり場となりました。
内装は創立当時の19世紀末そのまま。椅子やテーブル、コート掛けや照明などの家具は当時のものを修理して使い、壁紙は当時から現役で営業し、パターンを保存している布業者に作ってもらっているそうです。ウィーン旧市街からは少し離れているため、観光客が少なく、地元のビジネスマンや学生、文筆家などが常連客です。有名作家が毎週定席に座り、原稿を執筆する姿も見られます。
また、その古風で優雅な内装は、映画のロケ地としても有名です。ウィーンを舞台にした恋愛映画「恋人までの距離(ディスタンス)」(英題Before Sunrise)では、主人公の二人がこのカフェの席で愛を語り合っています。
有名カフェが軒を連ねるウィーンですが、メニューは個性にあふれています。コーヒーにこだわる店から、ケーキ職人を抱えて極上のケーキを提供する店までいろいろ。このカフェ・シュペールは、コーヒーの種類の豊富さと、ランチが美味しいことで評判です。
ウィーンでもっとも飲まれているメランジュ(エスプレッソに泡立てたミルクを載せたもの。上の写真)のほかにも、20種類以上のコーヒーがメニューに並んでいます。
また、ウィーンでは珍しい、カールスバーダーカンネと呼ばれる二層のコーヒーポットからコーヒーを飲むこともできます。カールスバーダーカンネは、上の段の底に陶器でできたフィルターがあり、上からゆっくりとお湯を注ぎ、下の段にコーヒーが入る構造になっています。
ハプスブルク時代に一世を風靡したこのカールスバーダーカンネですが、高価なポットが割れやすい、豆は挽きたてでなければならないなど手間がかかるため、簡単で美味しく作れるエスプレッソマシンの登場により、使われる機会はほとんどなくなってしまいました。
また、ランチはオーナー夫人のこだわりで、とても美味しいオーストリア料理を注文することができますし、ショーケースに並ぶアップルシュトルーデルは、ウィーンのおふくろの味です。
ウィーンのカフェは、コーヒーを飲むだけの場所ではありません。新聞を読み、手紙を書き、議論をし、ビリヤードやトランプ遊びをする、市民の社交の場でもありました。カフェ・シュペールでは、この「遊び」の文化がまだ残っています。カフェの一角には、3つの大きなビリヤード台があり、無料でいつでも使用可能です。
美術大学と陸軍大学の学生が主に使っていたものですが、「今の学生は勉強に忙しくて、あまり遊びに来なくなってしまった」(オーナー夫人談)とのことで、ビリヤード台は新聞置き場として使われることも多くなってしまっています。
それでも、ハプスブルク家御用達の銘の入ったビリヤード台や、無造作に壁にかけられたキューや点数を書く黒板は、19世紀末の賑わいを感じさせます。
また、週末の夕方にはピアノの生演奏もあり、またひと味違った雰囲気のカフェを味わうこともできます。
午前中は作家が本を書き、昼はビジネスマンがランチ、午後は美術学生がビリヤードを楽しみ、夕方はピアノの生演奏が流れ、劇場関係者が集うカフェ・シュペール。時代と共に歴史を刻んできただけでなく、一日の時間の流れの中でもいろいろな表情を見せてくれます。
ぜひウィーンの街の散策の合間に立ち寄り、古き良きウィーンの伝統を味わってみてくださいね。