JTB交流創造賞

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交流創造賞 一般体験部門

第13回 JTB交流創造賞 受賞作品

優秀賞

考えるたび

塚田 有紀子 (旅先:ポーランド)

「え?旅のはじめに?大丈夫?せめて最終日にした方が良かったんじゃない?」

この旅行を決め、友人に行き先と日程を告げた時、真っ先にこう言われた。

いつかは行きたいと思っていた国だったが、そこが何となく暗い国。という印象が先行してしまうのは、やはりあの場所があるからかもしれない。

これまでの私の旅は、楽しむ事が最優先。そこに美しい景色や歴史的な建造物があり、更に美味しい食べ物があったら最高!と、欲望ばかりを満たす場所に決める事が多かった。なので、行く前から不安な気持ちになるのは初めてだった。到着早々そこを訪れ、その後元気に旅を続ける事が出来るのだろうか。

七月八日、成田を出発し、アムステルダムを経由してクラクフに到着した。日本を出発してから、二十四時間ほど経っていた。ずいぶん遠くにきたと感じる。クラクフの空港に着いた時は、もう夜中の十一時近くになっていた。暗いイメージの国に、暗い夜の到着。空港にいる人もまばらで、市内行きの電車に乗り込むとほぼ貸し切り状態だった。車窓からみえる灯りも少なく、更に寂しい気持ちになったのだが、空港、鉄道の駅、電車の中、どこもとても清潔で危険な感じがしない。数少ない乗客の人々も、どことなく穏やかそうにみえた。

ポーランドにやってきた。この国には、世界最大の負の遺産、アウシュビッツ強制収容所がある。そこは人類の歴史上、類をみない程の多くの人々が殺された場所だ。という程度の知識はもっていた。だから訪れたらきっと予想もつかない程の衝撃を受けるだろう。と思っていた。なんせ、あの欲にまみれた『白い巨塔』の主人公が心を入れ替えたところなのだ。と、昔みたテレビドラマの主人公が立ち尽くしていた寒々しい荒野と、三角屋根の煉瓦の塔を思い出す。考えるだけで身がすくむ様な思いだったが、ポーランドに行くならば避けて通ってはいけないと思った。本当に漠然と…。

色々と調べてみると、アウシュビッツ強制収容所の日本語のガイドさんは、中谷剛さんという現地在住の方お一人しかいないという事が分かり、メールで連絡を入れた。程なく、七月九日に他の方をガイドする予定があるので、一緒にいかがですか?と、ご連絡を頂き、お願いする事となった。旅のはじめ。具合が悪くなったりしないだろうか、と不安になるが、日本語で解説して頂けるというこの貴重な機会を逃す訳にはいかない。その後も、中谷さんは、アウシュビッツまでの行き方やバスの時刻、所要時間など、色々と親切に教えてくださった。

アウシュビッツへは、クラクフからバスで一時間程度。道中、のどかな田園風景が続き、こんな穏やかな所にどうしてこの様な施設があったのだろうと思いながら景色を眺めていると、あっという間に到着した。夏休みシーズンという事もあるのか、様々な国の人々が集まっている。日本人と思われる方々も、ちらほら到着し、十人ぐらいの輪が出来ると、程なく中谷さんがやってきた。この中に入るという現実に緊張する。中谷さんから、見学前のアドバイスを受け、気をひきしめる。沢山の方々が亡くなった場所。粛々とした気持ちで見学しなければ。

アウシュビッツ強制収容所の入口には、ARBEIT MACHT FREI『働けば自由になる』という鉄の文字が掲げられている。自由というこの場に似つかわしくない文字、ユダヤの人々はどんな思いでここをくぐったのだろう。その門の周りを鉄条網が囲み、今でもその針は鋭く光っていた。

入口に展示されている写真は、アウシュビッツ強制収容所での音楽会の様子。これはドイツ側が、現実をカモフラージュする為に撮ったのだと言う。大量虐殺という事実を隠す為に作為的に撮られた写真。何も知らずにこの写真をみせられた一般の人々は、この場所で何が行われていたのかなど、疑う余地もなかったのだろう。か…。

館内に入ると展示している写真は一変する。あの『白い巨塔』で出てきた駅舎の様な三角屋根の塔その先に続く線路はそこで終わっている。線路の脇に停車している貨物の様な粗末な列車から出てくる大量のユダヤ人。脇にはうず高く積まれた荷物。手前に写っているドイツ人の兵士と医者が。連れてこられたユダヤの人々を、強制労働行きへと、そして、ガス室行きへと振り分けている。

一番印象に残ったのは、母親に手を握られた子供の写真。子供達は、じっとこちらを睨んでいる。中谷さんは言った。

「子供達は、あばれたり泣き叫んだりしていません。子供は、親が本当に大変だと悟ったら、親を困らせない様にするのでしょうか。」と

写真の子供達の目はどこまでも深く切ない。この子たち、そしてその家族の未来を思うと、本当にやりきれない気持ちになる。

この写真の中には、収容されていたユダヤ人が、この悲惨な出来事の証拠を何とか残そうと土に埋めたフィルムが発見されたものもあるという。

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※賞の名称・社名・肩書き等は取材当時のものです。

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