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自転車旅で出会ったおもてなし文化
恩田 茂夫
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(イメージ)

もう、五回目の自転車旅行。娘も私も旅馴れてきてはいるものの、やはり体力のいる旅ではあるし、今年の夏の猛暑は尋常ではなかった。七月二十五日の夕方に高松入りし、翌日から走り始め、鳴門、徳島、室戸、高知、四万十… 三十一日に足摺岬に着くまでずっと晴天、炎天下、猛暑日が続いた。

山々から流れくる数多(あまた)の河川を越え、瀬戸内の、紀伊水道の、太平洋の煌めきを目に焼きつけた。毎年のことながら、行く先々で出会った人たちは温かく、親切だった。 どの旅も、私達にとって、忘れられない大切な宝物であるし、それぞれのときの娘の成長過程とあわせて、薄れない記憶として残っている。しかし、今年旅した四国は、やはりお遍路さんが訪れる土地柄としての、“おもてなし文化”が根付いているところだな、と強く思った。

ガードレールのない交通量のある国道で、路肩を緑色に塗って、グリーンラインとしてお遍路さんの安全に気を配ってあったり、なんでもない道中に屋根付きの休憩所があったりなどのハード面のみならず、やはり、人々の旅人への心遣いが温かかった。

自転車で走っている道中、大声で励まされたり、休憩しているときに差し入れをいただいたりというのは、これまでの旅でも何度もあったが、今回の四国では、私達が走っているのを追いかけてきてまで差し入れしてくれたり、自分達の車を停めてまで応援してくれる人達に出会った。それも、一度や二度のことではなかった。お遍路さんをもてなし馴れていて、厳しい旅路を行く人たちを応援しよう、支えようという気持ちが根付いているのだろうか。それで、私達のように、荷物をたっぷり積んだ父娘連れの自転車旅行者が汗まみれで坂道を行く姿にも、お遍路さんへと同じように接してくれるのだろう。

いただいた差し入れには、猛暑続きで熱中症に気をつけて、と飲み物がいちばん多かったが、茹でたとうもろこしや自家製の梅干しなど、心がポカポカするような嬉しいものもあった。また、それらのものを、私達の走っている姿を見てから、わざわざ家まで取りにいったり、買いにいったりしてから持ってきてくれた人までいて、本当にびっくりした。 私達がゴールと決めていた足摺岬へと上っていく道のりで、突然ワゴン車を停めて、ニコニコしながら降りてきたおばさんが「頑張ってな」と言いながら袋詰めの差し入れを娘に手渡してくれた姿は忘れられない。他にも、中村駅で汗だくになって自転車を組み立てていたときに、すっと現れて、「これ、飲んでな」と私達に一本ずつスポーツドリンクを渡してすぐにいなくなってしまったタクシー運転手さん… 高知市街から桂浜へ向かうトンネルをくぐったときに、原付バイクで近づいてきて、そっと袋詰めの差し入れを渡してくれたおじさん…

私達は毎年、自転車旅行を終えると、四十ページほどの手書きの旅行記を作り、お世話になった人たちに送っている。住所のわかっている方々には無事に走り抜いたことをお伝えできるが、全ての人に送ることはできない。たっぷり差し入れを下さった人に、「帰ったらお礼を送らせていただきたいので…」と言っても、「そんなのはいいです。ほんの気持ちだから」と疾風(はやて)のように去っていってしまう人もいる。

他人が頑張ったり、歯をくいしばっているときに、無償の温かさで応援できる人…

そんなたくさんの人たちに、今年の夏、娘と私は四国で出会ってきた。その温かさは、娘の心の中にも財産として積み重なっていくだろうし、私達もそんな人でありたいと思う。

「おもてなし文化」はお遍路さんを受け入れてきた、四国独特のものなのかもしれない。だが、その根底にあるものは、日本人誰もが、人間誰もが持ちうるものではないだろうか。

私達の目的地はいつも、現地の人たちの温かさ、優しさ、なのかもしれない。


評価のポイント

娘が小学校でいじめを受け不登校になったことがきっかけで父娘で毎夏自転車旅行を続けている。旅先で多くの人々が励ましてくれるが、今年で5回目になる四国の旅はお遍路さんが多く訪れる土地柄か、地元に根付くおもてなしの心を強く感じた旅だった。毎夏の旅によって、娘が変わっていくのは、まさに旅の力だろう。


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※賞の名称・社名・肩書き等は取材当時のものです。