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イスラム教の礼拝告知、アザーンに包まれる街 シリア・ダマスカス
−ウマイヤ・モスクのアザーン朗唱−

宮森 庸輔
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イスラム教の礼拝告知、アザーンに包まれる街 シリア・ダマスカス−ウマイヤ・モスクのアザーン朗唱−の写真  日常から遠く離れた美しい肉声を聴きたかった。
 出会ったことのない人と話をしたかった。
 自分の知る小さな世界を広げたかった。
 だから毎日、そのモスクへ歩いていった。

 2008年2月11日、深夜1時15分、予定通りアエロフロートの機体はシリアの首都ダマスカスの地に着陸した。空気を吸った。冷たく澄んだ匂いがした。懐かしい匂いだった。3度目のダマスカスだった。
 僕は当時まだ学生で、イスラム教徒たちに礼拝の時を知らせる呼び声アザーンの調査をしていた。西暦622年に預言者ムハンマドの命によってエチオピア系黒人のビラールが初めてアザーンを唱えてから1386年を経た今日でも、イスラム教徒の多い地域では必ずアザーンは響いている。偶然なのか運命なのかは分からないけれど、僕が旅に出るとインドでもトルコでもウズベキスタンでも、必ずといっていいほどアザーンに出くわした。そして僕は知らない間に、アザーンが持つ美しい響きに魅力を感じるようになっていた。
 到着当日から僕は調査を再開した。1年ぶりだ。カメラ、ビデオカメラ、録音機材を担いでモスクへ向かう。途中で見覚えのある顔と出くわす。タバコを売る人だ。1年前と変わらない場所で1年前と同じ笑顔をしていた。僕らは再会を喜び合った。「シャイ(茶)を飲まないか?」と勧められたけれど、時間がなかった。この日は14時53分にアザーンが朗唱される。僕はモスクへ急いだ。
 目的地ウマイヤ・モスクは、今から約1300年前の西暦706年頃から第6代カリフ、ワリードによって建造され、現存する最古のイスラム寺院と言われている。そそり立つ3棟の尖塔(ミナレット)が印象的で、その周りをカワラバトが飛び交う。なかでも東西にそれぞれ建つ尖塔2棟は、このモスクの前身であった聖ヨハネ教会の物見櫓(やぐら)を転用したという歴史的建造物だ。かつてアザーンはこれらの尖塔から肉声で唱えられていたというが、今日ではスピーカーが設置されていて、マイクを通してアザーンは街へと発信されている。
 現在アザーンが朗唱されているのは、モスク内の主礼拝室の西側にある小さな部屋。僕は頑丈な木製の扉をノックした。するとゆっくりと扉は開いた。そこには9人のアザーンの朗唱者、ムアッズィンがいた。突然の訪問に皆は驚いていたけれど、快くその部屋に通してくれた。誰もが1年前を懐かしむ顔をしていた。すると、デジタル式の電光掲示板に映る時刻が点滅をした。彼らは立ち上がる。アザーン朗唱の始まりだ。僕はカメラをまわした。  主唱者アリ・シーク(76)が「アッラーは偉大なり」と唱える。そして次に同じ詩句を残りの8人が唱えていく。このやりとりがしばらく続く。

 アッラー以外に神は無しと私は証言する
 ムハンマドはアッラーの使徒であると私は証言する
 礼拝のために来たれ
 成功のために来たれ

 昨年と変わらない美しいアザーンが部屋中に響き渡る、もちろん街にも。これを聴いた熱心な信徒たちは、仕事を中断してモスクに集まる。日本では考えられないゆとりがこの街には存在している。
 アザーンは終りに近づき、最後の2句が斉唱される。

 アッラーは偉大なり
 アッラー以外に神は無し

イスラム教の礼拝告知、アザーンに包まれる街 シリア・ダマスカス−ウマイヤ・モスクのアザーン朗唱−の写真  ウマイヤ・モスクのアザーンは、世界でも珍しく集団で朗唱されている。本来アザーンは、1人の朗唱者によって唱えられるものだけど、ここではモスクの規模が大きいために以前は35人もの朗唱者が雇われていて、集団で朗唱されていたという。そしてその伝統を守るために1975年にスピーカーが導入されてからも、集団朗唱を継承し続けている。
 アザーンは3分弱で終わってしまう。けれど、途切れなくタスリームというアッラーや預言者ムハンマドを称える詞章朗唱が付加される。このタスリームには、長短、斉唱、単独朗唱というような細々した決まりがあるけれど、これはウマイヤ・モスク、あるいはシリア地方だけでしか朗唱されていない特徴的なものだという。
 目を細め、少し上目遣いの朗唱者の身体から発せられる声には、ピアノでは表現しきれない細かい音、微分音が混じっている。それは西洋音楽ではほとんど使われない音で、音大に通っている間、実際に目の前で聴いたことのない珍しい音だった。僕は、斉唱されるタスリームを聴き入っていた。

 アッラーの使徒たち全てに祈りと平安が与えられますように

 アザーンのメロディーには決まりはない。だから朗唱者や地域の違いによってさまざまなメロディーが付けられている。トルコ、シリア、ヨルダンでは豊かな旋律で唱えられるアザーンが一般的だったけれど、イエメンでは抑揚がなく怒鳴ったように唱えられていた。どちらにしても、そのメロディーには音楽的な響きが含まれている。
 でもアザーンは音楽ではない。イスラムの教えでは音楽はあまり良いイメージではないので、アザーンは宗教行為とされている。いずれにせよ、アザーンの響きに包まれる街は僕にとって、言葉で表現するとなんだか簡素になってしまうけれど、とても美しかった。
 そして僕は、尖塔に登った朗唱者が肉声のみでアザーンをダマスカスの街に響かせている昔の音風景を思い浮かべてみた。昨年の記憶が蘇る。僕は前回、2度目の調査の時、2007年3月17日に朗唱者の1人テイシール氏(71)と熱心な信徒であるズィアード氏にその話を聞いたことがあった。


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※賞の名称・社名・肩書き等は取材当時のものです。